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弁護士小室光子の記録です
明けましておめでとうございます。

ふと気づくことに,私が司法試験に合格した年が平成21年,
つまり年が明けて平成31年の今日からすると,10年前なんだね。
10年前の今頃,きっと
「今年はロースクールを卒業し,司法試験に合格する!」
と決意していたはず(後でこのブログを検証してみますw)。

十年一昔と言うけれど,ほんとに,10年たつと色んなことが変わるね。
10年前の元日,
10年後に自分が弁護士になっていないとは思っていなかったけど,
(当然,弁護士になっていると思っており,そこは全く疑ってなかった。はず。)
茨城県牛久市で即独で開業するとまでは思っていなかったし,
まして,10年後,
東京都青梅市に2軒目の事務所を開いているとは思っていなかった。

この先,10年後も,きっと,このブログは続けているはず。
そして,きっとまた,
10年前には,~とは思っていなかった,とか書いているんだろうなあ(笑)

今,10年後のことは思い浮かばないけど,少なくとも今年も私は,弁護士として,
弁護士を必要としている方のお力になる,という決意は変わりません。

【2019/01/01 22:19】 | 生き方
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司法修習を終えて,すぐに独立開業することを
「即独(ソクドク)」という。

私が即独開業したのは平成23年8月。
たぶん当時から何度も書いていると思うけど,
就職できない(既存事務所に入れない)から仕方なく,
というのでは,うまくいかないと思う。

もっとも,ここ数年,新人弁護士の就職状況は改善しており,
「仕方なく即独」という人は減っている(と思われる)。
そもそも「即独」が超少数派だけど。

ちょうど司法修習が始まったところの72期のみなさんの
即独の相談も受け始めている。
前職などがしっかりあり,それを活かしてという,積極的即独の方ばかり。
きっと,みなさん,うまくいくだろうと思う。

でも,前職などのバックグラウンドがなくても(私もそうでした),
即独でやっていく道もある。
迷っている方,遠慮なくご相談くださいね。

【2018/12/21 22:01】 | お仕事
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今日の多摩川
青梅の事務所近くの緩やかな坂道を降りていくと,
多摩川がこんな感じ。

私は,東京の下町に生まれ,そのまま東京で生きてきて,
40代半ば近くになって両親の出身地である茨城県南部で開業し,
51歳の今,東京西部の自然がたくさんある町に暮らしている。

山とか川とか,私はこんなに好きなんだってこと,
大人になるまで知らなかった。

【2018/11/25 22:03】 | 雑談
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弁護士になってから,年に1度くらいのペースで,
法律関係のお話をさせて頂く機会がある。

今日は,市民後見人養成研修プログラムの中で,
「民法」について2時間,講義を担当させていただいた。

もちろん2時間でお話しできることには限りがあるわけで,
ご依頼いただいてから,何をどうお話ししようかなあ…と
思い悩んできた(裏話ですね…)
このブログには何度も書いているけれど,私は,
文学部出身で,法律なんて,いちばん興味がない分野の一つだったから,
そのとっつきにくさはよく知っている。

法律の話なんか,つまらないに決まってる。(と私も思い込んでいたし。)
実はそうでもない,とわかるまでにも,それなりの時間も必要だったし(笑)。

市民後見人養成研修を受講される方は,きっと,
一市民として,別の一市民の方の力になりたい,という純粋な思いがあって,
ご自身の時間を費やして勉強なさっている方々だと思う。

すこしでも退屈せず,(かつての私が,まったく興味のなかった,
つまらない法律の話を)聞いていただけたらな,と思って,お話しさせて頂きました。
少々無理やりな作り話事例を進行しつつね(笑)

たくさんご質問頂いて,それにお答えしていると,
語弊はあるかもしれないけれど,「楽しい」というか,充実感というか,
そういう思いがある。

質問していただけたら嬉しいし,それに答えている自分も嬉しいのかも(笑)
だって,こんな,法学部出身でもなんでもなく,自分が離婚して大変だったからって
こじつけのような動機付けで弁護士になったのが,「私」だからね。

私は,この仕事が,「天職」だと思っている。
弁護士になるまで,色々あった。
全部ここに書いてあるし,それを今後も,ごまかすつもりはない。

ざっくばらんなご相談を受ける中で,
「弁護士ってやっぱり敷居が高いじゃないですか~!」
と言われることもある。あの頃の私のように,「弁護士なんて敷居が高すぎて…」
と思っている人が,今もたくさんいるのが現実。
(それでも,弁護士である私に相談に来てくださったことは,本当に嬉しく思う。)

私は,弁護士なんか敷居が高すぎて,相談なんかとんでもない,
と思っていたときの気持ちを忘れない。
それと同時に,弁護士になって,それなりの時間が過ぎた今,
弁護士として,できること,なすべきことを,冷静に考えて仕事をしたいと思う。

講義の準備のために,久しぶりに民法全体を改めて見直してみて,
そんなことを思った。
こういう機会を頂けることを,本当にありがたいことだと思う。



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【2018/11/08 00:06】 | お仕事
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SNSとかで,簡単に,気軽に,
その場,そのとき思いついたことを発信できるようになって久しい。
そのこと自体は,画期的なことだと思う。

けど,ま,私なんかが言うことでもないけど,
良い面も悪い面もあるわけで。

一度,ネット上にアップした文言(映像,画像含む)は,
消えないと思ったほうがいい。
という前提で書いてきて,このブログももう13年か…。

弁護士になった後,弁護士小室光子を検索して
ここにたどり着いてくださったみなさんから見たら,
なんで勉強記録なんだろう?
とか,なんだかへんなブログだよね。

これは,私が,司法試験受験生だったころ,
少しでも受験仲間につながりたいという思いから
(文学部出身の私には,司法試験と縁のある友人は
一人として存在しなかった)だったり,
勉強内容とか時間を記録して,何とか自分を鼓舞して勉強するために
本当に,超個人的な記録として書き始めたブログです。

そして,弁護士となってすでに8年目になった今,
たとえば受験生だったころにリンクさせてもらったページの多くは
すでに閉鎖され,我ながら意味不明なブログになってるなと思う。

けど,私は,ここを閉鎖したりしない。
私が,なぜ弁護士になろうと思ったのか,
どういう思いで勉強してきたのか,
弁護士になって,どういう日常を送ってきたのか,
私は,ここに書いてきたこと,何一つ,今更隠すことはない。

だから,これからも,ここは,このまま書いていこうと思う。


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【2018/10/21 22:47】 | 雑談
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ご報告が遅れましたが,おかげさまで,
「どうぞよろしく」のところに記載しておりますとおり,
東京都青梅市(JR青梅線青梅駅徒歩4分のところ)に
2軒目となる事務所を開設しました。

牛久事務所とは,圏央道で結ばれている位置関係です。
今後,私は青梅の事務所を中心にお仕事させて頂くことになります。
引き続き,お引き立てのほど,どうぞよろしくお願いいたします。
という,通り一遍のご挨拶は,当然本心だけど。
このブログは,弁護士になるよりずっと前から書いているので,
ふと思い出して見てくださる方々へ。

本当にありがとう。

おかげさまで,micoは弁護士になり,茨城県牛久市で即独し,
事務所を法人化して,2つめの事務所を開くこともできました。

というと聞こえはいいですが,決して順風満帆なわけではありません。
ただ,弁護士に相談したくてもできなかった,あの頃の自分の気持ちは,
今も忘れていません。これからも頑張ります。


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【2018/10/14 22:16】 | お仕事
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mico
秘密コメントくださった方,ありがとうございます。
頑張りましょう!

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25年くらい昔になるのかな,個人指導塾で講師をしていた。
ある日,当時中学3年生の女子から,そう質問されて驚いたことがある。

そんなことないよ,なんで?と聞き返すと,
「テレビに出てくる政治家とか偉い人って男ばっかりだから」って。
今度の内閣に,女性大臣が1人しかいないのを画像として見た瞬間,
その中学生女子とのやり取りを思い出したの。

「テレビに出てくる政治家とか」が「頭がいい」かどうかはおいとくとしても,
あれから四半世紀以上が過ぎてもなお,「女性が活躍できる社会に!」
みたいなことを声高に言わなければならないほど,男性社会なんだ,と思った。
その女子中学生の質問のニュアンスとしては,
自分は女子だから,どんなに頑張っても,
もともと,どうせ男子にはかなわないのではないか,
という意味もあったように思う。

じゃあ,なんで(政治家とかは)男ばっかりなの?
とさらに質問され,当時,26歳くらいだった私は,
そうだね…女の人は,子どもを産んだりして,仕事ができなくなる時期があって,
そのままやめてしまう人もいるからね…。能力の差ということではないんだよ,
というような,あいまいな回答をした記憶がある。

ふと,弁護士業界見ても,今,登録されている人数を見たら,
男性32495人に対し,女性7465人。女性の割合は約23%にすぎない。
男性中心に動いていく社会は,なかなか変わっていかないね。
セクハラとかに対する意識は,私がOLしていた30年近く前と比べたら,
劇的に改善されていると思うけど。



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【2018/10/03 22:57】 | 雑談
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今年も司法試験の合格発表の日が来るね。
受かるべき人に,きちんと結果が出るように,祈っています。
思えば,私が合格したのは,もう9年も前の話なんだね。
その後,即独で開業するまでもいろいろありました。
二回試験に落ちたり(苦笑)。

おかげさまで,牛久市の事務所は軌道に乗り,
ひとつところにとどまっていられない性格の私は,
別の場所にまた事務所を開きます。(わがままですみません。)

合格した当時のこのブログにも書いているけれど,
見える見えないにかかわらず,多くの人に支えられている。
そのことを忘れずに,これからも,目の前にいる,その方の話を聞き,
寄り添い,最悪(弁護士に相談する時点で,そういうことも多い)の中でも
最善の解決をともに考えていく,そういう弁護士でありたい。


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【2018/09/10 23:02】 | 司法試験
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おかげさまで
弁護士登録してから丸7年が過ぎ,8年目に入りました。

去年,事務所を法人化して,新しく弁護士を1人迎えました。
まもなくもう1つ,茨城県外に事務所を構える予定です。

それとの関係で,自宅を引っ越しました。
茨城県牛久市で開業したときは,息子がまだ高校1年生で,
息子といっしょに引っ越してきた。

息子が学校に通うのに不便はないかとか,
ちゃんと息子の部屋を確保できるところを借りられるかとか,
仕事をしながら息子の世話(食事,洗濯,学校対応等)ができるかとか,
つまり,息子のことが,かなり優先順位は高く,それができないのであれば,
牛久に引っ越してくることはなかった。

いろんな縁に支えられ,牛久市で開業して,生活もできる環境に恵まれた。
そして今,息子はすでにひとりだち(24歳)し,その分私も,
勝手に(?)好きな場所で,好きなように生きていける感じになった。

今,私は51歳。
数年前,従姉が50代前半で亡くなったし,
仕事関係でも50代前半で亡くなる方の話を聞くこともあり,
突発的な事故はともかく,そうでなくても,
いつ死んでも不思議はない年齢になったんだなって思う。

何が大切なのかを,いつもちゃんと考えていたい。

仕事上も,目の前にいる方にとって,何が大切なのか,
何が優先的に解決するべきことなのか。
感情,気持ちに寄り添いつつも,そこは「プロ」として,
ちゃんと判断できる弁護士でありたいと思う。


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【2018/09/04 22:52】 | お仕事
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73年前の今日,戦争が終わった。

戦争を経験した方のお話を聞く機会が,どんどんなくなっていくよね。
私の父は,昭和9年生まれで,終戦のとき小学5年生だった。
父は末っ子だから,長兄は,戦争に行っている。
(生還し,私が中学2年のときに亡くなりました。)
だから,かろうじて,私は,直接,戦争体験を聞いている。

父は,茨城県での空襲を経験していて,
同級生と遊んでいて,空襲警報が鳴り,逃げるさなか,
いっしょに逃げていた同級生が,銃弾に倒れたという経験もしている。
(その同級生は亡くなっており,状況から見て,父がそのとき亡くなっていても
まったく不思議はないので,そうしたら私も生まれていないわけです。)
けど,その父もすでに亡くなっており,細部を確認することはもうできない。

それ1つとっても,リアルに情景を思えば,胸が張り裂けそうな思いになる。
そんなことが,同時に,何千,何万って起きていた時代。
そのことを,今を生きている私たちは,知らないといけないと思う。
直接,お話ししていただける方がいるのであれば,お話ししてほしい。

息子が赤ちゃんだったころ(それですらもう20年以上前になるのか…)
地元の区民センターみたいなところで,元特攻隊員だった方のお話を聞いた。
そういう企画が,当時はまだあった。

テレビでも,終戦特別企画,みたいなことをやっていたと思うけど,
(内容は玉石混交だったかもしれないけど,ドラマとかドキュメンタリーとか)
いつころからかな,そういうの,やらなくなったよね。
今日のテレビ番組表を見ても,私が見る限り,特に
終戦の日を意識した企画はない。

私が格別に終戦の日を意識したのは,戦後40年のころ。
あのころは,本屋さんに,戦争体験記というタイトルの本(ムックみたいなやつ)が
売っていて,今でも持っている。
そのころからでももう,30年以上過ぎるんだもんね。
過去になっても仕方ないのかな。

けど,そのころから思っていたけれど,
過去のこととして忘れかけたころ,同じことが繰り返されるのかなと危惧する。

私は,思想的に,右とか左とか,どうでもいいと思ってる。
誰もが,自分の頭で考え,自分の価値観で行動するべきだと思うし。
何か主張した時に,簡単にカテゴライズされて利用されたくないし。

戦争はやだ。特攻隊から生還した方の言葉を借りれば,
「戦争は,人殺し」だから。
それだけ。戦争をしない国家でありたい。あってほしい。

【2018/08/15 20:57】 | 生き方
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