茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
5日間だけだったけど,予想以上に色んな事を学ぶことができた。
初めて知ることも多かったしね。

司法試験に合格して,司法修習を終えても,
実務に就いたら知らないことだらけだということ,
誰でも(社会人経験があればなおのこと)容易に想像できると思う。

専門部での修習は,そのうちの一部を認識できるだけでも,
すごくいい経験になる。
全然知らないことばかりだという自覚と,何を勉強すればいいかを
知る機会になるという意味でも。

逆に,社会人経験(職業経験に限らないけど)があれば,
これまでの自分の経験の中の何をどう活かせるのかもわかる。
人生,無駄な経験なんて,ほんと何一つないものだね。
おかげさまで,無事に送ることができました。

この前もちょっと書いたけど,即独の場合,
既存の事務所に入る場合であれば,何も考えずに書ける欄を埋めるのにも,
結構な時間や労力を要する。

たとえば,事務所の住所。
既存の事務所に入るなら,お世話になる事務所の住所を書けばいい。
けど,即独だったら,事務所を借りた上で,そこの住所を書くわけで,
この欄を書くには,テナントの契約を済ませておかなければならない。
(自宅の住所を書く等,別の方法がないわけでもないけど…)

言い出したらきりがないから,いちいち書かないけど,
単なる事務処理書類出すにも,たくさんの先輩方にお世話になったなあ,
って思ったら,感謝の気持ちでいっぱいで,涙が出る思いだよ。

これからもまだまだ,ロースクールでお世話になった先生や,
修習でお世話になったみなさん,同業の先輩方,同期のみんな,
この業界とは全く関係なくずっと友達でいてくれているみんな,
このブログをきっかけにお知り合いになれたみなさん,
今,たまたまこれを読んでくれている方,
たくさんの人たちに支えられていくのだろうと思う。

一人では何もできないことを自覚し,感謝の気持ちを忘れないで
仕事をしていきたい。
弁護士になるまで,あと一息,しっかり頑張らなければいけないよね。

東京地裁には専門部があるし,東京近郊の事件もたくさん係属している。
私が開業する地域から移送されてきている事件の記録も既に読んだし。
東京には,交通事故を専門に扱う法律事務所もあるしね。

交通事故の損害賠償請求は,訴状もある程度定型化しているし,
損害賠償請求額の基準もあるし(先日書いた「赤い本」等),
論点もけっこう定型化したものがあるということがわかった。

過払い金返還請求訴訟ほどではないにせよ,
事務処理面で,仕事として定型化できる部分が大きいのかも,と思う。

ただ,いくら定型化できるといっても,
1つ1つの事件には,具体的な被害者と加害者がいて,
文字通り,千差万別の個別事情がある。
仕事として取り組む側には,似たような事件でも,
当事者には,生涯2度とあってはならない,つらい経験であるということを,
忘れないようにしようと思う。

東京地方裁判所には,いくつかの専門部があるのだけど,
今週は,その中の1つ,交通部で修習だよ。
交通部はつまり,交通事故関係の事件だけを専門で扱うところ。

いわゆる「赤い本」(損害賠償算定基準の本で,裁判官も参照するから,
当然,弁護士もこれを見て訴状や答弁書を書く,いわば共通言語の本),
交通部で修習すると,もれなく配布される。

初日の今日は昼食会もあったのだけど,無料だったし。
(裁判所でのこういう機会は,大抵,修習生もお金を払うの)
なんだか,お得感があったわ。

東京地裁の法廷は約3か月ぶりか。
民裁修習の時は夏だったから,暑い印象だったんだけど,
今日の法廷は少し寒く感じるくらいで,むしろ去年の刑裁修習のときを思い出した。
修習生活の最初だった,刑裁修習。あれからもうすぐ1年が過ぎるんだねえ。

自分の好きなことをやっているだけなので,周囲から言われるほど
「大変」とか「苦労」とか思ったことはないのだけど,ふと立ち止まると,
即独(司法修習修了後,すぐに独立開業すること)だからこその
悩みはあるなあって思う。

資金をどうするかとか,事務所をどこに借りるかとか,
わかりやすい部分はもとより,仕事をどうやって覚えるのか,
わからないことがあったときにどうするかを考えておかなければならないし,
まあ,他にも色々あるよ。

例えば,弁護士会に登録するには,当該弁護士会の先輩2名に,
「紹介者署名」というのをして頂く必要があること(弁護士会によって違うかも)。
既存の事務所に就職するなら,就職先の先生に書いてもらえばいいだけのことだけど,
即独で,しかも実務修習地とは違う弁護士会に登録する場合,
そもそも知っている弁護士がいないということだってあるわけで。

それから,事務所の名前をどうするかとかね。
単純に自分の名前を事務所名にすればいいのかもしれないけどね。
弁護士も,待ってれば勝手に仕事が来る時代でもなくなっていくだろうし,
将来的なこととか考え始めるときりがないんだよね。

東京家庭裁判所の少年部での修習が今日で終わったよ。
2週間,どっぷり少年事件だけに浸かっていて,
この分野のやりがいを,存分に感じることができた。

…なんていう,修習生としての冷静な感想はもちろんあるけれど,
それ以上に,単純に,感動することが多かった。

大ざっぱな言い方だけど,少年事件の現場は,保護者はもちろん,
裁判官や書記官,調査官,付添い人,施設の職員,学校関係者等,
助けを必要とする少年を取り囲む大人たちがチームを組むような印象がある。
その中で,いわゆる「更生」を果たすことができる少年は,
その機会に恵まれたという意味で,もしかしたらラッキーなのかもしれない。

家裁に送られてくる少年は,程度の差はあるにせよ,
それなりの「非行」を犯した,「問題のある」子どもたちばかり。
けど個別に見たとき,本来的に凶悪な子なんて一人もいないと改めて感じた。
生まれながらの犯罪者なんて,この世に一人も存在しないんだよね。

親をはじめとする社会が,そういう子に育ててしまったという面も大きいと思ったよ。
審判等では,当事者である子どもと同時に,その親を見ることにもなったのだけど,
率直に言って,親のほうの問題が大きいと思えることも多かった。

弁護士になって,付添い人として仕事をするときには,
親も含めた,その子をとりまく問題を直視しなければならないと思う。

少年部での修習を選択して,本当によかった。
今日は,交通非行少年向けの講習会に参加させてもらったよ。
交通犯罪でお子さんを亡くした方の講話が印象的だった。

当時幼稚園児だったその子は,青信号で横断歩道を渡っていたところ,
同じ青信号で右折してきた大型トラックに轢き殺されてしまったの。

講習の趣旨としては,被害者側を理解するという点が大きいと思うけど,
それはもとより,話の中で出てきた歩車分離信号について,私も,
これを日本でも全面的に導入すべきだと思った。

たまたま,私が開業する場所の近所に,この歩車分離信号があって,
ああ,こういうシステムの信号もあるのかって少し前に認識したんだ。
ちょっと待ち時間は長くなってしまうけど,歩行者は安心して渡れるなって。
私自身,このときが初めての認識だったのだけど,
日本ではこの信号,2%にすぎないんだって(イギリスでは100%とのこと)。

失わずに済む命を,失わないシステムがあるのであれば,導入すべきだと思う。
少年審判は,非行等があった少年について処遇を決める場なんだけど,
犯罪を犯した成人を裁く場である刑事裁判の少年版だと思われがちだよね。

実際,付添い人弁護士(刑事裁判であれば弁護人に相当する立場ともいえる)が,
刑事裁判との違いをほとんど意識しないために,少年審判がうまく機能しないことも
あるみたい。(意識しないままでも,格別問題とならず終わることも多そうだけど…)

少年審判と,刑事裁判との一番の違いは,福祉的視点があるかどうかという点。
少年審判は,単に少年を裁く場ではない。その子の健全な育成,社会適応のために,
どうすることがいちばんいいのかを,関係者一同,一体となって考える場だと思う。

だから,審判の前に,調査官が1回数時間の時間をかけて少年や保護者と面接し,
その子が抱える問題を専門的な視点から分析したり,
鑑別所に入っている子どもの場合は,鑑別所でも色々な対応がなされるし,
裁判官と調査官が,その子にとって何がいいのか審判前に話し合ったりもする。
付添い人弁護士も,熱心な先生は事前に調査官や裁判官と面接する。
(私が弁護修習中にご指導頂いた先生は,そういう活動をされていた)

非行とはいえ,大人であれば「犯罪」に相当するようなことをしている以上,
刑事司法的側面ももちろん重要なのだけど,少年審判は,
本来的に,刑事裁判の法廷のような対立構造ではないんだよね。

家裁の少年部で修習していて,
付添い人として活動する時,そういうことを忘れないようにしようと思った。
今日の午前中は,少年審判の模擬審判で被害者役を熱演(笑)し,
午後は,過去に実際にあった事件記録を用いてのケース研究だったよ。

模擬裁判やら模擬審判は,ローのときから何度か経験してるけど,
そのたび,昔,劇団に所属して役者として稽古していたときのことを思い出す。

実際の法廷は,もちろん,芝居ではないし演技でもないけれど,
ある意味,演じる技術は必要なのかもしれないと思う。
演じるというか,話を聞き出したり,裁判官を説得する技術的なこと。
発声や間の取り方,立ち居振る舞いの全てにおいて。

…ということを,以前から考えていたのだけど,
家裁修習中,演劇好きの裁判官と,そういう話題で盛り上がったこともあった(^^)

息子は昨日から中間テストなので,今日は家で勉強。
私も二回試験まであと1か月で,勉強しないとまずいので,
息子ともども勉強中心の日曜日を過ごしたよ。

二人で朝から晩まで家にいて,食事のときだけ顔を合わせる。
で,他愛もないことを話しながら,大笑いしたりする。
(テレビの内容だったりとか^^;)

私は息子の年齢の頃,親と食事をすること自体がほとんどなくて,
家で笑うことも,ほとんどなかった気がする。
一緒にご飯食べて,笑える人がいるというのは幸せなことだね。

今日は,私が開業する地域と縁のある修習生仲間と話した。

テナントを探すなどしている過程で,私も既に,
この地域にそこそこ詳しくなっているし,元々両親の出身県でもあり,
「地元」の話をするような感覚が,ちょっと嬉しかった。

茨城県。

父も,母も,茨城県で生まれ育った。
父は19歳で東京に出てきて,そのまま,東京で人生を終えた。
母は,父との結婚を機に(たぶん22歳くらいのとき)上京,
このまま最期まで東京で暮らすはず。

その娘は東京で生まれ育ったわけだけど,茨城県に拠点を移し,
おそらく,生涯,茨城県で生きていくと思う。
なんだか不思議。


関係ないけど,バンプの新曲♪
「宇宙飛行士への手紙」
今日は午前中,少年審判を傍聴し,
午後は東京都立萩山実務学校という児童自立支援施設を見学したよ。

イメージ的には,全寮制の中学校という感じだった。
広い敷地に,校舎やら校庭やらプールといった学校施設があって,
他に寮がいくつかと,職員棟,畑がある。

どういう目的の施設なのかは,リンク先に書いてある通りだけれど,
一般にはあんまり知られていないよね。

多くの子どもたちは,通常の義務教育システムの中で,
おおむね健全に成長して大人になり,社会に出ていくのでしょう。
けど,そのシステムにはなじめない何かを抱えている子どもたちも
たくさんいるわけで,そういう子どもたちの居場所として,
色々な別のシステムもあるんだよね。

それらについて,偏見なく,正確な情報が広まるといいと思う。

今日は修習で,東京少年鑑別所を見学したよ。

弁護修習の時に,当番弁護で付添い人をされた先生にお供して
少年に面会しに行ったことがあるから,イメージは持っていた。
けど今回は,付添い人としては入ることはない,
少年らの居住スペース等も見学させて頂いて有意義だった。

実際に少年が一定期間(2週間~8週間,通常は大体3週間)過ごす
独房にも入った(外から鍵をかけられて,中からは開かないという体験)。
私は法科大学院にいたときに,刑務所や少年院をいくつか見学したのだけど,
今日行った鑑別所の独房は,刑務所(横須賀,府中)の部屋に似ていたよ。
作りとか,古さの感じが…。

独房に入ったら,一人で過ごす時間が長いから,
自ずと自分について考えざるを得ないだろうなと思った。

そして,そういう時間は,別に非行少年や虞犯少年等に限らず,
誰にでも必要な時間だと思う。
毎日忙しくしていると,そういう時間は中々取れないけれど,
例えば寝る前の数分でも,自分を振り返る時間をちゃんと持っていたい。
今日から2週間,東京家裁の少年部での修習だよ。
スケジュールを見ると,講義や施設見学が思ったより多い。

今日はほぼ1日講義で,夕方からは懇親会だった。
裁判官や調査官のみなさんから伺う話は,どれもすごく貴重で,
自分がどういう弁護士になりたかったのかということを
再認識する機会になる。

色々と大変なことはあっても,私は,いくつになっても
理想論を青臭く語り,その実現に1ミリでも近づこうと努力する
(あがき続ける)弁護士でありたいと思う。

…その前に,
二回試験にちゃんと合格して,弁護士にならねばならないけどね。
頑張ります。
紆余曲折あったけれど,お陰さまで,
明るくて,希望が持てる,素敵な物件に出逢えました。

一人ではどうにもできなかったと思う。
感謝の気持ちを忘れずに,地道に,誠実に,努力を続けます。



私は定期的に,母の通院に付き添っているのだけど,
今日はその付添いの日で,診察が終わった後,久しぶりに実家に行った。

実家は,私が3歳のときから小鳥屋さんをやっていて,
亡くなった父が特老に入った後は,
母が衣料品や雑貨(兄が経営してる会社の商品)を売る店をしてた。

けど,母も肺癌治療の予後経過観察中である他,
原因不明の病気も抱えていて,数ヶ月前にとうとう商売をやめることになった。
それで,店だったスペースも居住用に改装したので見に行ったわけ。

母は,究極の合理主義というか,現実主義というか,
昔から何でも(私が大切にしていた物であっても)どんどん勝手に捨てるし,
誤解を恐れずに言えば,冷たい部分の目立つ人だと思う。

けど,たぶん生涯暮らすであろう今日の部屋に,
およそ似つかわしくないガラスケースが1つ置いてあって,
他愛のない物をあれこれ飾ってあった。

「ガラスケース1個だけ置いといたよ。
おじいちゃん(父のこと)と商売始めるときに合羽橋で買ったんだっけ」
(やや茨城弁かな。「置いといた」は「残しておいた」「とっておいた」の意味,
~だっけ,というのは,懐かしむニュアンス。)

すごく貴重な時間だったと思う。
全国の家事事件のうち,1割が東京家裁に集中しているということで,
とにかく,ものすごい数を処理しているということがわかった。

ずっと地方の裁判所にいたという職員(裁判官,書記官,調査官等)の方は,
やはり東京は数が多いのはもちろん,事件のバラエティーという点でも,
全然違うとおっしゃっていた。当然,合理化を図る工夫もなされている。

私は地方で仕事をするから,そういう差があるのであれば,
東京で修習して,東京のやり方を見ておくことができたのはよかったと思う。
今日は,史上最後の旧司法試験論文試験合格発表
合格者数が,52人。

司法修習の1クラスの人数が70人程度だから,
「旧65期」は1クラスしかないわけで,結束が固くなりそうだね。
何期なのかって,修習でお世話になる実務家から必ず聞くプロフィールだし,
それだけでプレミアムな感じがするというのは,いいかもしれないね。

「仕事人間」という言い方に,既にマイナスイメージがある気はするけど。
今の時代に定義するとすれば「仕事にかまけて家庭を顧みない男性」?

家裁修習で接する離婚事件の中には,
夫が仕事ばかりで家にいない,家のことを何もしないという妻からの主張や,
妻が自分の仕事の大変さを理解してくれないという夫からの主張がある。

男は外で仕事,女は専業主婦,というある意味わかりやすい家庭は,
機能しづらい時代になったのかもしれないね。

そういうステレオタイプな家庭を考えたとしたらね,
夫の立場に立てば,これだけ仕事してるのに,家のことまでできないよ,
妻の立場に立てば,家事・育児ってちゃんとやろうと思ったらすごく大変なんだよ,
って,両方,私はよくわかる。
実家に頼れない母子家庭なら,両方を一人でやるしかないんだから。

夫婦双方が,互いの大変さを思いやることができれば,
ちょっと想像力を働かせて,相手の大変さを理解しようとしていれば,
こんなことにはならなかったんだろうなあ,と思うことも多い。
もちろん,そんな簡単に説明できないケースも多いけど。

「仕事人間」=仕事に夢中・本気になって取り組む人
という定義であれば,男女は関係ないし,私もそういう人でありたい。

結婚しているときには,子どもは両親の共同親権だけど,
離婚する時に子どもがいる場合は,親権者を決めないといけない。

私は離婚する時,法律は全く知らなかったんだけど,
図書館で借りた本とかで勉強して,強烈にインプットされた知識として,
子どもの親権をとって,自分で育てていきたいのであれば,
絶対に子どもを置いて家を出てはいけない,必ず連れて出ていくべき,
というのがあった(実際は家を出て行く形で離婚をしたわけではないけど)。

今,家庭裁判所でたくさんの事件記録を読んだり,調停を傍聴したり,
講義を聞いたりしていると,確かにそうなんだなって実感する。

法律のどこかに要件として書いてあるわけではない。
けど,例えば,母親が子どもを置いて出て行ってしまった場合に,
後になって親権が欲しいとか自分の手元で育てたいとか言っても,
現実に,子どもを置いて自分だけ出て行ったという事情は,
かなり大きなマイナス要因になっている。

今日は午前中が家事審判の傍聴で,午後は調停の傍聴だったよ。
空いた時間には,記録を読む感じ。

調停は,白黒つける場ではなく,あくまで話し合いの場だから,
調停委員は,すごく丁寧に当事者の話を聞いてくれる。
けど,調停を申し立てられた相手方は,「裁判所からの呼び出し」ということで
構えてしまって,頑なになってしまったり,出席を拒んだりするケースも多いらしい。

調停を申し立てられるということは,おそらく相手方も身に覚えがあるだろうし,
第三者を交えた話し合いの場として,もっと有効活用されればいいと思う。
本格的な紛争になる前に解決できれば,そのほうがきっといいのだろうから。

もちろん,調停より前に,当事者同士で話し合えれば,それがいちばんだろうけど。

昨日土浦全国花火競技大会を観てきたよ。
土浦近辺で仕事をする者としては,観ておかないわけにはいかないと思って。

というか,東京で法曹関係の先生方と雑談する中でも,「土浦」というと
「花火が有名なところだね」って言われることが何度かあって,
そんなに有名なのか~,じゃあ観ておかないとね,と思っていたんだ。

正直,なめてました。地方の大きな花火大会,っていう感じかな?くらいで…
完全な認識の誤りだった。

そもそも花火「競技大会」なんだもんね。
始まってすぐ,1つ1つの花火の完成度が高いなあって素人感覚でも思ったのだけど,
そりゃあそうだよね。全国の花火師が,この日のために仕上げてきた作品ばかりなんだから。

けど花火って,打ち上げてみるまで完成度がわからないから,最後まで緊張を強いられるだろうね。
他の芸術作品,例えば絵とか音楽とかは,手直ししながら完成させていくということが可能だけど,
花火はそうはいかないわけで。そこに難しさや面白さ,儚さといった独特の魅力があるんだろうな。

前回の国勢調査のときは,すでにこのブログやってたんだね。
今回は,東京限定だけど,ネットで回答できるようになってる。
今,回答したんだけど,やっぱりかなりラクだね。
日常的にネットをいじってる人であれば,
ああ,ついでにあれ出しとくか,って感じで回答できる気がする。

紙(マークシートだから,鉛筆で塗りつぶしたり,ちょっと面倒)だと
…ま,あとでいいか。
とか思ってるうちに,放置してしまいそうだけど。

もちろん,私は生真面目に回答してきたよ,前回までも。

生真面目といえば,完全に自己満足にすぎないけど,
法科大学院入学のときに借りた母子福祉資金も,日本学生機構から借りた学資も
きちんと返してる。
特に母子福祉資金は,口座からの引き落としができないから,毎回,
郵便局の窓口に赴いて返済しないといけないだけに,うっかりすると滞納してしまうので,
今までのところ1度の滞納もなく返してる自分に,ちょっと満足してる。

そりゃあね,借りた金を返すのは当たり前のことだけどね…