茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
守秘義務との関係を気にしつつ、
けど、過去にはどの科目で何人不合格ということも
報道されていたこともあるから、大丈夫だろうと判断して書くけれど。

今回は、24人(現行64期から10人、新63期から14人)が
不合格となり、そのうち刑事弁護で不合格となった人が9人らしい。
(正式発表はないし、24人全員から、どの科目が不可だったかを
聞いたわけではないけれど、まあ、9人という数字にそれほど前後はないはず)

前回、つまり私が不合格となったときは、90人が不合格で、
検察で落ちた人が多数派だった。
ちなみに刑事弁護で落ちたのは、今回と同じく9人だった(らしい)。

90人中9人と、24人中9人では、だいぶ意味合いが違うよねえ。

罪名が分かれて、またたくさん落ちるのか??と心配した検察で落ちた人は、
たぶんほとんどいないと思われる。ゼロではないみたいだけど。

今回の受験直前でも、弁護科目で落ちる人はかなりの少数派、
という認識が一般的だったと思う。少なくとも、新63期のときはそうだったし。

二回試験の傾向は、こうやっていとも簡単に変わるものなんだね。
現行64期が司法修習終了と同時に弁護士登録する場合、
登録日は8月25日。
私もそれに間に合うように手続きはしていたので、登録された
(とのご連絡を茨城県弁護士会から頂いた)。

ということで、肩書きだけは弁護士になりました。

…まだ、何も、全く、実感はないけど。
しいて言えば、弁護士会から頂いた電話で「先生」と呼ばれたことかな。

中身もちゃんと弁護士になれるように頑張ります。



やっと、やっと、終わったよ、私の司法修習。
たぶん、普通に終わっていれば、この証書が届いても、
ふんふん、終わったんだね、くらいのものだったろうと思う。

けど、今日これを受け取って、ほんと想像以上に嬉しかった。
二回試験の発表を見たときも嬉しかったけど、
これを受け取るまでは(何度も確認したし大丈夫とは思っても)
もしかして、実は落ちていたりして…っていう一抹の不安もあったの。
発表現場で何か受け取るわけでもないし、掲示の写真撮影も禁止だったし。

今回の二回試験で残念だった方もいらっしゃることを思うと、
不謹慎とも思うけど、許して下さい。私、本当にほっとしています。

おかげさまで、
二回試験、無事に合格していました。

ご心配頂いたり、応援して頂いたり、
本当にありがとうございました。

二回試験の合格発表は明日23日の夕方。

再受験まで長かったという話を書いたけど、
発表までもまた長かったなあ…。

ただただ、無事であることを祈るばかりです。
気にかけて頂いてありがとうございます。
10年以上、ペーパードライバーだからね。
(間もなく運転復帰するけど)
ゴールド免許で、5年ぶりの更新だったわけ。

お知らせのはがきに「4桁の暗証番号を考えておいて下さい」
って書いてあったからね。何だろう?と思ってたんだけど。
ICチップ入りになったんだねえ、運転免許も。
それで本籍地の記載がなくなったことはわかったけど、
暗証番号を何に使うのかは説明されなかったな…。

あと、安全なんとか協会の協力費2000円ってのも払ったぞ。
こんなの東京で払ってたっけ?…と思いつつ。忘れてるだけかな。
任意加入らしいけど、誰も断ってる様子はなかったし、
窓口の方の口ぶりは払うのが当然、という雰囲気だったな。
県の交通安全のために使われるそうだから、協力するけどね。

息子がね、まさに高校2年の夏休みなわけで、
その日常を傍らで見つつ、ふと自分の高校2年の夏休みを
思い出したりもする。(って、今思いついただけだけど…)

高校2年の夏休み、私の中で
もっとも優先順位が高かったのは、弓道。
寝ても覚めても、どうすればもっと上手くなれるのかと、
部活動という枠の中で、後輩をどう指導するのかとか、
そんなことばっかり考えてた。
(けど、好きな男の子もいました。すみません。)

都立高校で(一応進学校でもあり)部活動の時間は限られていたから、
弓道場(があることは、恵まれていたと思うけど)の裏口から
活動時間外に金網を乗り越えて侵入して(犯罪だな)練習したりもした。

将来のこととか、どこの大学に行きたいとか、全く考えてなかった。
このまま一生、弓道だけしていたいとすら思っていた。

ほんと、視野が狭くて幼かったと思うけど、一つだけ言えることがある。
それは当時もやっぱり、私は「今」を一生懸命生きていたということ。
その延長にある「今」なんだよね。一生、延長戦だな。
茨城県の国道沿いのマンションで迎えた初めての真夏。
ベランダに出れば、車の行き交う音が
聞きようによっては「うるさい」レベル。

けど同時に、蝉の声(音?)が、
今まで経験したことがない音量で聞こえてくる。
これって一体、何匹くらいの蝉なんだろう。

いくつになっても新たな発見があるものだね。
久しぶりに東京の実家へ行ったよ。
最寄り駅からタクシーに乗ったら、70代くらいの運転手さんが
「お盆休み入ったの?会社は。」って話しかけてきた。

「お盆休み」も「会社」もあてはまらないな、と思ったけど
「え?ああ、はい」と曖昧な返事をしてみる。

「何日あるの?」…あわわ。「わ、私は3日間です。」
我ながらなんじゃそりゃ、と思ったものの適当に答える。
この先の会話は難しいと思いつつ。

「家の孫は今日から12日間なんだよ」
ほっ。お孫さんの話になった。
降りるまでずっと、お孫さん自慢のお相手をしたよ(^^)
色んな人と会って話すこと。
私が大切にしたいと思っていることの一つ。

たくさんの人に会って話すと、長いつきあいになる人もいれば、
一度会ったきりになる人もいるけれど、必ず何か得るものがあるんだよね。

これからも色んな業界、境遇にいる色んな人たちと話す機会を大切にしたい。

ジフテ=児童扶養手当。
毎年1回、
受給要件を満たしているかどうかの届け=現況届を出さないといけない。

法律上は、現況届は8月31日までなのだけれど、
どこの自治体も(たぶん)一応の期間設定をしているみたいで、
大体このお盆の時期なんだよね。

今日は、今の所に引っ越してきて初めての現況届を出しに行ってきた。
詳細は割愛するけど、受給開始から一定年以上受給し続けている等の場合、
原則として受給できなくなるのね。受給を続けたい場合は、
例外要件(求職活動中だとか、病気療養中だとか)を満たすことを、
証明書を添えて届けなければならない。

私の場合「現況」は、給与は支給されない司法修習生(泣)。
とはいえ、昨年末からはただの無職だったわけだから、
ちょうど先月末から「司法修習生」という社会的身分があり、一応、
提出できる書類(二回試験初日に机に置かれていた辞令)があってよかった。

相変わらず、福祉の窓口に行くのは緊張する。
何も悪いことはしていないはずだけど、
いまだに「何か言われるかな…」とか思っちゃうんだ。
ある意味トラウマだからな…。
けど、こういう気持ちは忘れないようにしようと思う。
今日は息子の高校の三者面談だったんだ。
息子の通う高校は、ターミナル駅から学バスで15分ほどの所でね、
駅自体は「繁華街」というか、ほんと何でもある大きな駅。
なんだけど、学校がある所は、自然に囲まれて、蝉も鳴いてて、
ああ、いい所だなあって思うような環境なんだ。

なんか、ちょっと羨ましいと思う。

私が通った高校は、繁華街そのものような立地条件で、
司法修習中にもその近所の刑事事件をいくつ見たか…という環境。
大学も、その後の職場も、法科大学院も、司法修習も、全部「都会」だった。

ないものねだりといえばそうかもしれないけど、私は、
(何度か書いているけど)「都会」の環境があまり好きではないからさ。
もっとも、高校生のときにはそんなことも考えてなかったけどね。
あまりに当たり前に通っていただけだから。

今の住環境は、そういう意味では本当に心穏やかだよ。
マンション暮らしながら、エレベーターを待つときに視線を外せば
普通に山が見えて、人が多すぎず、車がないとちょっと不便なこともある、
その不便さえもちょうどいいというか。

あ…
三者面談と全然関係ないこと考えてたみたいだな…
と、思わざるを得ない。

今年の原爆の日は、少しマスコミ等の論調も違ったね。
世の中の関心が、福島の事故に向いているからだと思うけど。

原爆が投下されて、戦争が終わって、
原子力の平和的利用ということが声高に言われた時代があって、
私なんかもちろん生まれてもいないし、想像するにすぎないけれど。

なんていうか、そこに希望を見出したと思うんだよね。
見出したかったというか、受け入れがたい過去の現実を
何とかしてプラスに転化したかったんじゃないかと思うんだ、国民は。
そこにうまく乗ったんだろうね、平和的利用とか、安全神話は。

今日は地元で開かれた勉強会に参加して、帰ったら
息子の小学校の担任だった先生からお手紙が来ていた。
「子どもたちを放射能から守れ 福島のたたかい」
(リンク先は音が出ます)
その先生が作られたドキュメンタリーのショートバージョン。
司法修習生の給費制打ち切り

色んなところで、色んな方が書いておられるので、私ごときが
出る幕でもないけれど、ほんと、ありえないと思う。

司法試験は今や、
基本的には法科大学院を卒業しなければ受けることすらできず、
そのために既に数百万円単位の借金をしている学生はたくさんいる。私もそう。

にもかかわらず、
司法試験自体、卒業してから2か月近くたってから行われ、
合格発表は卒業後の9月、順調にいっても修習生になるのは
法科大学院を卒業してから8か月ほども過ぎてからなわけで。
その間はアルバイトをする人が多いものの、稼げる額などたかが知れている。

そこへ来て、司法修習に行って1年間、無給って…。
兼業禁止なのでアルバイトもできないし。
どうやって生きていけというのだろう。
しかも、(私みたいに)二回試験に失敗して資格取得が遅れることだってあるし、
無事に修習を終えても、就職したいのにできない人もいる。
即独する踏ん切りがつかずに登録もしないでいる人もいる。

結局、親のスネをかじることが許されるとか、借金のアテがあるとか、
たくさん貯金をしていて数年は無収入でも大丈夫だとか、そういう
ある意味の恵まれた人でないと、なかなかこの道を選べなくなるではないか。
少なくとも、いったん社会人になってから司法試験を目指すことは、
かなりの勇気を要する選択であることは間違いない。

自分が食べてもいかれなかったら、人権とか社会正義とか言ってられないでしょ。
経済的に豊かな暮らしをしたいと思ってこの職業を選ぶ人は最早あまりいないだろうけど、
最低限の生活すらできないのであれば、どんなに徳のある人でもやっていけないと思う。

そういうわけで反対です。
二回試験が終わってからの数日、
主に家事と寝ると飲み会と開業準備(の準備)で過ぎたわけだけど。

今日は思いついて東京地裁に裁判傍聴に行ってみた。
修習中通い慣れた階段を上がった地裁玄関前で、
いわゆる「東電OL事件」の支援者の方たちがビラ配りと街頭演説をしていたの。

先日のDNA鑑定のニュース以降、支える会のHPを読んだりしていたので、
思わず立ち止まって見たところ、ちょうど、ブログにも何度も何度も書いている
布川事件の被告人だった桜井さんが、応援の演説をしているところだった。

みなさんの演説が終わった後、場を撤収する直前に、
思い切って桜井さんにご挨拶させて頂いたよ。

二回試験が終わってやれやれ、というこのタイミングで、
たまたま行った、しかも布川事件とは直接関係のない東京地裁前で、
桜井さんご本人とお話しできたことは、(勝手ながら)運命的なものを感じたな。
そもそも私が弁護士という道を選択するときに動機付けの一つになった事件だからね。