茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
司法試験受験生の頃も,特に民事系では法的に正しいというだけでなく,
「結論の妥当性」を無視しないことが大事,というくらいの認識はあった。
法律を杓子定規に適用すれば,こういう結論になるけれども,
当事者の色んな事情を総合的に見たとき,その結論は妥当なのか,
そのままでいいのか,修正する必要があるのではないかという意識。

実務に就いて,実際の事案を,人を目の前にして思うことは,
さらにその先の配慮が弁護士には必要だということ。

法的にはこうなる,結論の妥当性を考慮した上でバランスとしてもこうなる。
弁護士の仕事は,最低限,そういう解決ができればいいのかもしれない。
けど,客観的考慮要素が同じでも,人によって受け止め方も違うし,
法的に正しくて妥当な結論が,必ずしも最善の解決でないこともあると思う。
相手方とのこれまでの経緯や,人間関係,間柄によっても違ってくるしね。

もちろん,弁護士が関われることには限界はあるし,
所詮は仕事上のお付き合いと言ってしまえばそれまでだけど。でも,
たとえ仕事上であっても,人として関わることになったのは何かのご縁だから,
そのご縁を大切にして,誠実に考えて仕事をしていこうと思う。
このブログを見てくれている人には,
このブログから受ける私のイメージがあると思う。

直接の私を知っている人には,そのイメージがあると思う。
昔からの知り合いなら,昔からのイメージだろうし,
最近,それこそ仕事上会った人であれば,そのイメージとか。

相手や場に合わせて,自分を作るという人もいるよね。
私もそういうことを意識したことが大昔にはあった気もするし。

けど今の私は,そんな器用なことはできないという結論に至り(^^;
いつでもどこでもたぶん,おおむね,おんなじ私。
そりゃあ,目上の人への敬意とか,礼儀はわきまえるけどね,当然。

最近ちょっと,そんな話題になることが続いたので,ふと考えたの。

幼少体験が自己否定(母親による否定)だからね,自分を作ろうともしたよ。
もしかしたら,この私は,自分で作ってきた結果なのかもしれない。
でも,何種類もの自分を使い分けることはできないから,
しんどいことがあっても,このままの自分で,仕事もしていくと思う。


27日,日比谷野音での集会と,
その後のパレード(デモ行進だけど今はこう呼ぶらしい)に参加してきたよ。

主張は,私がここで繰り返すまでもないからあえて書かない。
けどほんと,法曹(裁判官,検察官,弁護士)になろうと思ったら,
司法修習を終えなければいけないわけで1年間は拘束されるのに,
アルバイトも禁止な上に無給って…。

事実上,アルバイトなんかしている時間はないから,
好き勝手にアルバイトで稼いでいいと言われても無理だけどね。

私が今ここに書いていることは,一面的な見方だとは思う。
ただ,あくまで私個人の思いとして(何度も書いているけれど)私は,
給費制でなかったら弁護士になることを諦めたかもしれない。

いや,そりゃあ,私なんか弁護士にならなくても誰も困らないよ,
と言われたら返す言葉もないけどね(^^;
現に,給費制ではなくなったことを理由として,
修習に行くことを断念したという人が存在するという事実は見過ごせないと思う。
10日くらい前にね,詳細は書きたくない感じで(苦笑)
ひじに擦りキズができてしまったのだけど。

治らないわ…。

長袖を着る季節だから,服の生地に擦れると痛いから
絆創膏をはるでしょ。
乾燥しないから,いつまでたってもかさぶたにならない(泣)

これほどの擦りキズは,子どもの頃以来,覚えがない。

私はどちらかといえば「おてんば」(死語?^^;)だったから,
しょっちゅう膝やら肘やらに擦りキズを作っていたけれど,
子どもの頃はあっという間にかさぶたになって治ったのにね。

ま,ひじに擦りキズを作るくらいに,
元気に生きているということで,よしとしよう。
ペーパードライバー講習の仕上げ的に,
高速道路を走らせてもらったよ。

そういう練習プランがある自動車学校もあるけど,
私が練習させてもらった所には特にそういうコースはなく,
オーダーメイドな感じで練習させてもらった感じ。

日曜日だから教習生が多くて,
あいている教習車がなかったらしいけど…
ずいぶん古い感じの車だったの(^^;

ETCを使えないのはまだしも,窓を開けるのが手動って!!
20代前半くらいだったら知らない人もいるんじゃない?
車の窓を,くるくる手元で回して開けるシステム(笑)
なんか懐かしかったけどね。

私の事務所は常磐線牛久駅のすぐ近く。
このあたりはいわゆる東京のベッドタウンでもあり,
東京に通勤している方もたくさんいる地域なの。

牛久から上野までちょうど1時間なんだけどね,
牛久から水戸までも,ちょうど1時間なんだよね。
特急待ちとかあるともっとかかるけど。

こういう位置関係だと,弁護士に依頼しようと思ったとき,
東京にしよう,と思うような気がするんだよね。
なんていうか,簡単に見つかるような,探しやすいような期待感。
ここらに弁護士なんかいるのかな,とも思う気がするし。

うん。
私は大人になってから,弁護士になるまでの時間が長いから,
そういう市民感覚というか,消費者感覚のほうがまだ強い。

だから,あえてアピールします。
茨城にも弁護士はいます。
茨城に限らず,どこの地方にもちゃんと弁護士はいます。

地元の弁護士を,もっと活用してもらえたらいいなと最近思ってます。
少なくとも私は,司法修習生のときに給費がなくて貸与制だったら,
法科大学院に入学することはなく最後まで旧司法試験を受け続け,
それで合格できなかったら,弁護士になることを諦めていたと思う。
いや,旧司法試験を受け続けることなく諦めたかもしれない。

私は母子家庭の母親で,実家の援助があるわけでもなく,
息子と二人暮らしでやってきた。当然,お金なんかあるわけがない。

それでも法科大学院に入学しようと決心できたのは,
法科大学院生の間は限度額いっぱいまで奨学金を借りることで,
どうにか生活できるだろうと思われたこと,
卒業後最初の試験で合格し,修習生になれば給料がもらえる,
という見通しがあったから。

もちろん,最初の試験で合格することは大前提にあった。
自信があったわけではないし,母子家庭のくせに
(あ,「くせに」までは言われてないけど)
司法試験なんかやってる場合じゃないと言われたこともある。

けど,やるしかないという決意はできたんだ。
それはやっぱり,合格して修習生になれば給料がもらえるというのも
大きかったと思うんだよね。

給費制がなくなったら,
そういう一大決心をしてこの道を志す人は確実に減るだろうね。
そのことが,社会的にどういう意味を持つのか,損失なのか否か,
正直言ってよくわからないけど,
「法曹界に多様な人材を!」という理想は,理想のままになりそうだね。


10月27日に,給費制存続を求める集会が開かれます。
私も茨城県弁護士会から参加させて頂きます。
今日,水戸で開催されたよ。私もお手伝いさせてもらってきた。

被災された方から直接お話を伺うのは初めてだったのだけど,
やっぱり,当事者でなければわからない思いというものがあるんだよね。

それはこの問題に限った事ではないけれど。
このブログにも何度か書いたけど,
人が自分で体験できることには限りがあるわけで,そうでないことは,
想像するしかない。

実際に体験した人にしかわからない思いがあるのだということを,
私たちはみんな,忘れてはいけないと思う。

東電で毎日,被災された方からの問い合わせ等に対応する窓口の方は
本当に大変だろうなとは思うけど,ちょっとした言葉や口調が,
当事者である被災者の気持ちを傷つけることがあるということを,
今一度意識してほしいな。
弁護士の仕事は,例えば一つ相談を受けたら,
法律的な解決方法を考えるだけではなくて,相談してくれた方にとって,
どうすることがいちばんいいのかを考えることだと思う。

例えば,別に弁護士が入らなくても解決できることであれば,
そのようにお話しして,弁護士費用などを払わずに済むようにしたいし,
ほんの少しでも,現状より良い状態になる方法を一緒に考えたい。

そうするとつまり,「考える」こと自体が仕事なわけだけど,
気がつくと,寝ても覚めても依頼人さんから聞いた話を考えているんだよね。 
そういう意味では,本当に常に仕事をしている感じになる。

それをつらいと思うとしたら,弁護士は大変ってことになるんだろうね。
もちろん,弁護士の大変さはそれだけではないと思うけど。

私?

「旅の恥はかき捨て」って,亡くなった父がよく言ってた。
旅先でわからないことがあったら,現地の人に聞け,って。
(父は小鳥屋の傍ら,長距離ドライバーもしてたの。いわゆる「トラック野郎」)

今,どうにかこうにか仕事をしていると,
分からないことだらけだなあ…って実感するわけだけどね。

法律的にどうこうというより,手続的なことがわからない。
往々にして地域によって運用が違ったりするしね。
私は東京修習だったから,東京の運用はある程度知っているけど,
それとはだいぶ違うことが多くて…。

そういうことは考えていても仕方がないし,調べるといっても限界がある。
で。一番早いのは,そりゃあ,それを扱っている当事者に尋ねることでしょ。
そんなことも知らないのか!って,あきれられることもあるかもしれないけど,
そんなの旅の恥といっしょだもん。(ちょっと違うか。)

私はそもそもお役所アレルギーがあるから,本来は
公的機関に電話をかけて何か教えてもらうなんて,すごく敷居が高くて,
自分のことについては,そんなことは基本的にできない。
(どっちかというと,「まあいいか,私も広報を見なかったのが悪いんだし…」
みたいに自分を納得させて,泣き寝入りするタイプ^^;)

でも,仕事となればできるんだよね。
もう,ここんとこ,色んな公的機関に電話したり,直接行ったりして,
聞きまくり(笑)。思いのほか,ちゃんと教えてくれるんだよね。
全く名乗ったりせず,一国民として質問するわけだけど,それでも。

けどほんと,その「敷居が高い」と感じてしまう意識は忘れないでいよう。

仕事に限らないけど、連絡するって大事だよね。
人は状況がわからないときに何より不安になるから。

仕事をしていく上で、今ここまで進んでいます、
という状況を、可能な限りこまめに連絡するように心がけよう。
世の中、働いている人の場合、
平日に仕事をしている人のほうが多数派なわけで、
弁護士に何か相談しようと思っても、平日は行けない…
っていう人も多いんだよね。

役所や銀行、郵便局とかに用事があって、
「平日じゃ行けないのに…」って思ったことは、
多くの人が経験したことがあるだろうと思う。

行きたくても行けない、そのジレンマを解消するには、
受ける側が都合をつければいいだけのこと。
…って言っても、役所等では中々そうもいかないわけだけど、
弁護士は公務員でも何でもない、自営業だから、
どんな風にでも都合をつけることが可能なんだよね。

そう思うと、
「土日でもいいですよ(^^)」って言っちゃうわ、やっぱり。

今日で合計8時間乗り、まあ大丈夫な気持ちになってきた。
かつて運転していた東京の道路に比べたら、やっぱり道幅が広いし、
歩行者や自転車も少ないし、ラクに走れる感じがする。

その分、誰もが運転が荒くなりがちなんだろうと思う。
茨城県のドライバーは運転が荒いことで有名?らしいし…。
教習所の教官も、ローカルルールは東京とは違うから、って
少し地域密着のルール??も教えてくれたよ。

当分コワイ思いしながら、慣れていくことにしよう。
お隣の事務所と同じサイズのペイントにしよう。

私の事務所は、1階に2つのテナントが入り、
2階にオーナーさんが暮らしているという建物なの。
(話せば長い諸事情で、以前書いたところとは違います。
そこも気に入っていたけれど、元々、今の所が第一希望でした。)

お隣は私が入ったのとほぼ同時期に引っ越してきた会社で、
もうとっくに看板(ガラスにペイント)は出している。

お隣がペイント作業をしているときに名刺を頂いた、地元の業者さんに
デザインをお願いして、見積もりも出してもらってあるんだ。
法律事務所は、単に宣伝効果を考えて目立つ方がいいとも言えないし、
色んなこと考えると、やっぱり小さめに…って思い始めていた。

けど、先輩や同期、友人や、お隣の社長さんの意見を聞き、
そして何より、事務所に来て下さる方の声をも総合すると、
それなりに一発で「ここか!」ってわかるほうがいい気がして。
電話で説明するときも「踏切のところで、すぐにわかると思います」
って言えたら簡単だし。

看板の大きさに見合う仕事をすればいい、
と、ローでお世話になった先生もおっしゃっているらしいし。
昨日書いたこととも共通するけれど。

とにかく今は、目の前にある一つ一つを丁寧に頑張ろう。
弁護士に法律相談を依頼すると、一般的には30分で5250円なんだよね。
息子とそんな話題になったとき、息子は一言、「高っっ!」

うん。私もかつて(全く法律の勉強など別世界だった頃)、
弁護士に相談するといくらかかるんだろう…って調べたとき、
やっぱり思ったよ。高いなあ…って。
30分なんて、ちょっと話をしたらすぐだしね。

今、相談を受ける立場になれば(弁護士によって色々だろうとは思うけど)
相談を受けるに先立って、何時間も色々調べたりすることもあるし、
そのことだけを取って時給換算?したとすれば、受け取る側から見たら
決して高くない場合もある気はする。専門職だしね。

でもやっぱり私は、30分5000円、と知って
「高いなあ」と思った自分の気持ちを忘れずにいよう。
だからって安易に「無料でいいですよ」というのではなくて、
(それはそれで、自分のスキルに甘えが出るとも思うし)
それだけ払った甲斐ががあったと思ってもらえるように頑張ろうと思う。
同級生、といっても、法科大学院時代のね。
この土曜日に出席させてもらった。

いわゆる生まれ年で言うところの「同級生」は
結婚式ピークみたいな年代を過ぎているけど、
法曹を目指している人たちは、むしろ30代になってからが
結婚式ピークな感じなんだよね。

(これからはロースクールルートしかないし、
そんなこともないのかもしれないけど…)

そんなわけで、新たな同級生がたくさんできて、
こうして幸せなエピソードに触れる機会が増えたことを、
幸せなことだと思う。
結婚式の場で、他の同級生に会えるのも嬉しいし。

私は結婚披露宴でエレクトーンを演奏する仕事をしていた
(と何度も書いてごめんなさい)から、ほんと、
何百というカップルのエピソードを聞いてきたんだけど、
やっぱり、どれ一つとして同じものはあるはずがないし、
それぞれにドラマがあるんだよね。

そしてやっぱり、せっかくの縁で結婚するのだから、
幸せであってほしいと思う。