茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
実るほど頭を垂れる稲穂かな

って,小学校の卒業アルバムに校長先生が書いていた。
当時はもちろん実感などできるわけない年齢だったけど,
社会に出てからはときどき思い出してきたし,本当にそうだなあって思う。

どんな業界,どんなコミュニティーにもいるのだろうと思うけど,
「あなたは何さまのつもりですか!?」と言いたくなる方に時折遭遇する。

特に,権力を背に,弱者に鞭打つ人には,怒りを越えて悲しくなる。
そんなことをして,そんな態度をとって,誰にとってどんなプラスがあるのでしょう。

そんな態度をとっているときのその人って,どんな気分なのかな。
人を見下して,何か偉い人にでもなったような気持ちなのかな。
自分があさましいような,嫌な気持ちにならないのかな。
ほんと,同じ「人」として,悲しくなる。

尊敬できる人たちはみな,いい意味で自分の身の程を知っていると思うし,
本当に「偉い」から,偉そうに見せる必要もなく,偉そうな態度を取ることもない。

常に足元を見て,地道に努力していこう。
それだけで既に負けていると思う。

そりゃあ誰でも単純な書き間違えとか,数え間違えとか,
そういうのはあるよね。

だけど,やっぱりいくつも誤字があると,
大丈夫かなあ…って不安になるよね。
昨日は夜9時すぎに車を運転して帰宅したのだけど,
雪が降り,風もあったから,走っていると,
前から雪が吹き付けてくるような状態だった。

雪の中の運転は初めてだと思うのでちょっと怖かったけど,
何かのアトラクションみたいで楽しくもあった。

今日はお昼近くに運転。
雪の影響はもうないかと思いきや,
いつも通りのタイミングでブレーキをかけたのに
いつもより前に出て止まったりした。侮れないね。

弁護士になる前にも私は,それなりに社会人経験があり,
当時(大学新卒で均等法施行数年後のOLだった頃)は
「何で女だというだけで…」と色々理不尽も感じたけどね。

理不尽を感じながらのOL生活等でも,
最低限のビジネスマナーを身につけることができたことはよかったと思う。
電話の出方とか,名刺のやりとりの仕方とか,お茶の出し方とか。

仕事をしていく上で,「弁護士として」以前に気をつけていることは
いくつもあるんだけど(この前書いた,忙しいを言い訳にしないこともそう),
その中の一つに,電話をガチャンと切らない,ということがある。

かかってきた電話は先方が切ってから切る,
こちらからかけた電話はこちらから切る,は基本だけれど,私は,
かかってきた電話はもちろん先方が切ったことを確認してから切るし,
こちらからかけた場合でも,「失礼いたします」等言った後,
一呼吸置いてから切るように気をつけている(つもり)。

「はい。はいっ。ではまたよろしくお願いしますっ」
みたいな感じでガチャン!と切る人がたまにいるけどさ,
プーッ,プーッ…って聞こえてくると軽くショックじゃない?
江戸時代の駆け込み寺と言えば,
当時,女性側から離婚を求めるための場所だったんだよね。

弁護士になってから,お客様に,
「駆け込めるところがあってよかったです」とか,
「また何かあったら駆け込ませてもらいます」とか,
「近所なので駆け込んできました」と言って頂くことがある。

特に最近は,通りかかって事務所があることを知った,
というお客様も相談に来て下さるようになって,
「いざというときに駆け込める場所」
という役割を,ほんの少しだけど実現できてきたのかな。
(もちろん,離婚以外の相談も受けています。刑事もやってます。)

私はもともと,もっと気軽に弁護士に相談できたらいいのに…
という思いがあって,30歳を過ぎてから弁護士を志したわけで,
それが少しでも形になりつつあることを幸せに思う。

とはいえ,相談料は頂いていますm(_ _)m
(1回5000円です。
資力要件はありますが,民事法律扶助をご利用頂くと無料です。)
ある公のところに電話をして,
「何とかお時間頂いて,(担当者と)直接お話させて頂きたいのですが」
とお願いしたところ,一言でいえば,忙しいという理由で断られた。

しかも,担当者ご本人ではなく,補佐する立場の方から。
(ちなみに,担当者ご本人の意向すら確認もせず即答。以前,似たような場面で,
担当者ご本人が会ってくれたこともあるのに…)

差し支えあると困るので,漠然とした単語で書くと,
①今,他に大きな件があって,その公のところ自体がごたごたしている
②ウチはこの件だけをやっているわけではない,他にもたくさんある
③今日も担当者はやっとのことで時間を作って(別件の)出張に出かけたところ
だそうな。

私は基本的に穏便な人なので(笑)穏便に受け答えして電話を切ったけど,
なんだか,だんだん腹が立ってきてね…。

折に触れて,意識的に思い出すようにしないといけないよね。
車の運転は慣れてきた頃がいちばん危ないっていうけど,
仕事もそうだしね。

何でもそうかもしれないね。
受験勉強とか,学校生活とか,結婚生活とか,何らかの社会活動とか。
いつも新鮮な気持ちで,誠実に頑張り続けること。
それができたら,きっとうまくいくね。

ふと思いついて,自分をネットで検索してみた。
yahooで,「弁護士 小室光子」と入力して。

入力ミスをすると,近いワードを推測して「○○ではありませんか?」と
教えてくれる機能がついているわけだけど,その機能により,
「弁護士 小室みつ子 ではありませんか?」と出てきた。

小室みつ子さんというのは,ご存じの方も多いでしょうが,
作詞をしたり小説を書いたりされている方で,土浦市の方。
本名は私と全く同姓同名の小室光子さん。

なので,こちらに来てからは特に,何度となく
「同姓同名なんです」という説明をしたことがある。

言うまでもなく,小室みつ子さんは有名人だから,
検索でもそういうお尋ねが出るわけだよね。
頭に「弁護士」をつけてもそう聞かれたことをちょっと悔しく思った。

せめて「弁護士」「小室光子」で検索して
「小室みつ子 ではありませんか?」と聞かれないように頑張ろう。
カーナビに頼っていると中々道を覚えないけれど,
さすがに毎回通るところは無意識にも覚えるよね。

最寄の高速入口までとか,よく行く場所は,
とりあえずカーナビがなくても行けるようになった。

私は地図を見るのも好きなので,カーナビ頼みで行った場所を
後から地図で見て,「ここだったのか!」みたいなのも楽しい。
…あ。行く前に見ればいいのか(^^;
年末には気づいていたけれど,その少し前までは,
今年の仕事初めは一般に5日かな?とか思ってた(^^;
ダイレクトには,裁判所が5日からかと勘違いしていて。

今日からだったんだよね。

年末年始も,元日以外事務所に行っていたし,
仕事関係で出かけていたりもして,毎日仕事をしていたから
(っていうか,あんまり,いわゆる「仕事」という意識がない。)
何だかけじめがなくて良くないかもしれないなあ…。

と思う一方,実家が商売をしていたから,
年中無休状態であることにさして違和感も抵抗もなく, 
子どもの頃の,せいぜい(東京から)鉾田や行方へ日帰りで
挨拶に行った程度のお正月を,ちょっと懐かしく思い出していたよ。

私は東京で生まれ育ったけど,
亡くなった父が鉾田,母は行方の出身だから,こっちで暮らすようになってから
鉾田や行方はもちろん,どこか懐かしい地名をたくさん聞き,
懐かしい方言で話すお客様と会話し,ここで仕事ができることを幸せに思っている。
仕事関係で,福島県との県境に近いある所に行ってきた。
別に行かなくてもよかったかもしれないけど,
行かずにはいられない気持ちになって,行ってきた。

高速を降りたとき,太平洋が見えた。
その後しばらく山道で,つまり,山を一つ越えた。
こんなとこ運転するのは初めてだなぁ…怖いなぁと思いつつ,
どこか楽しいような気持ちもあった。

車の運転を再開してからまだそれほどたってないけど,
ふと自覚するに,私,車の運転好きみたい。

そういえば子どものころ,
たまに父が連れて行ってくれた駅前のスーパーの屋上では,
兄といっしょに自動車レースのゲームに夢中になっていたな。

それにそもそも私がいちばん好きな映画は「トラック野郎」だし,
父もプロのドライバーだったし,遺伝子に組み込まれているのかも。

とはいえ,もちろん,ルールを守って安全運転です。
ずっとずっと,好きなことを仕事にしたいと思って生きてきて,
どんな分野にせよ「プロ」として独立して仕事をしたいと思って生きてきた。
昨年,

「プロ」として独立しました!

と,胸を張って言えるような独立ではなかったけれど,
皆さまのお陰で,どうにか開業することができた。
ほんと,たくさんの方のお力に支えられてどうにかやってきた状態だし,
これから少しずつご恩返ししなければならない。

何がご恩返しになるかと考えれば,それは私がきちんと仕事をすること。
まずは弁護士として一通りの仕事を当たり前にこなすことができるようになること,
これを今年の目標にしようと思う。

平成24年末にどれだけの仕事ができるようになっているのか,自分との闘いだな。



↑息子が撮ってくれた写真。
今年も頑張ろう。