茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
実家の母が,信じられないほどの「捨て魔」だった。
何度か書いていると思うけど,
「絶対捨てないでね!!」と念押しした物が,
ある日学校から帰ったら捨てられていた,ということが何度もあった。

その反動なのか,私は,物を捨てられない性質で。
そうすると,必然的に物は増えていくんだよね。
実家を出て,子どもも生まれて,物が増え続ける生活を続けた結果,
片付かない家になった。

物を捨てられないくせに,片付いていないこともイヤな私にとって,
それはそれで,ストレスが多い生活でもあった。
どうすれば片付くんだろう。
そうか。物を増やさなければいいんだ。

その単純かつ当たり前なことにようやく気付いた私は,
3年半ほど前に今のマンションに引っ越して以降,極力,物を買わず,
必要最小限の物で生活することを心がけている。
おそらく今,私がいるこの空間は,「がらんとしている」。

それでも,郵便物だったり,頂き物だったり,入ってくる物というのはあって,
それをそこらに置いておくと,それだけで散らかっていくんだよね。
そう思うと,実家(は,今は母が一人暮らし)はいつ行っても余分な物がなく,
整然と片付いていて,やっぱり捨てることが最善なのかと思ったりする。

母に捨てられてしまった,捨てられたくなかった大切だったはずの物は,
物はもうないけど,結局,確認しなくてもこうして覚えているのだし,
見なければ思い出さないような物なら,別に,
なくても,精神的にでさえ,何ら困らないのだろうしね。


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【2014/07/27 20:59】 | 雑談
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藤森
先日は、どうも失礼しました。
現在は、地元の女性弁護士の先生に依頼して、お話しした件の後片付けをしております。
確かに、片づきませんよね。
物が捨てられない。
再び買うときの金額を考えると。。。
私の娘も今年で21歳です。京都の大学に通っています。
今年の司法書士の試験は、駄目でしたが、来年、何とかめどを付けたいです。
現在、不動産会社でアパートやマンションの清掃のアルバイトをしながら、勉強しております。
現在は、大学卒業時を思い出して、その時の気持ちで、再度、人生を切り開こうと考えております。
ただ、大学時代の時ほど、頭の記憶能力が冴えないのが残念ですけど。

あと、私もブログを書いて、アドセンスにて、収入の足しにしようとしています。
でも、ブログは、書いているうちにネタ切れになると辛いです。


mico
藤森さん,ご連絡ありがとうございます。
前向きに頑張っておられるご様子,安心いたしました。
時間は戻らないし,生物学的な退化を止めることができないのは,
誰しも平等ですし,仕方ないですね(^^;
今ある状況の中で,最大限の努力をするしかないです!
頑張りましょうね。

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今年の七夕で,息子が二十歳になったよ。
このブログを始めた当時は10歳だった息子が。

法的に「成人」になったんだ。感慨深いねえ。


















本当に,私にとっては自慢の息子だよ。
写真とか載せたいけど,息子の友人とかが見る可能性もあるし,
控えとくわ。

でもね,ほんと,これだけは自分の記録として書かせて。
お祝いってほどでもないけど,ちょっとケーキなんか買ってご飯食べた日,
息子が,「20年間ありがとう」って言ってくれた。

なんか,大変なこともたくさんあった気がするけど,
そういうことが全部報われたというか,ご褒美をもらったような気持ちになった。
頑張ってよかったみたいな(頑張ったなんて威張れるようなことはしていないのに)。

我が子が20歳になっても,自分が20歳のときの頃のことなんて,
ほんと,手に取るようによく覚えていて,根本的な人間性みたいなものが
何一つ当時と変わっていないことにも気がつく。

ただ,この子がいてくれたから,私は「お母さん」になることができたし,
きっと,人間的に成長できた部分もあることだろうと思う(思いたい)。
本当に,生まれてくれてありがとう,って思う。


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【2014/07/13 22:38】 | 息子
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mico
秘密コメントくださった方,ありがとうございます。
かつて「絶対になりたい」と思った夢をかなえた経験があるにも関わらず,
今は次の一歩が踏み出せないのだとしたら,
それはおそらく,今が十分に満たされているからでしょうね。
「~だったら~できたかもしれない」というのは甘えだと思います。
もっと厳しい状況から勉強を始めて,弁護士になった人は何人もいます。
(もっと恵まれた状況から弁護士になった人のほうが,圧倒的に多いですけどね^^;)

「酷い事件」というのが,仮に明白な被害者がいる刑事事件だとして,
その「犯人」の弁護をすることにためらうことはあります。
「人」として当然のことだと思います。
でも,私は,弁護士として,そこにも自分なりの回答を持っているつもりです。
プロとして仕事をする以上,そこには答えられないといけないですし,
それは私の生き方の問題でもあるからです。

希望通りに司法試験を目指すのでしたら,日常に流されたり,
言い訳したりしないで勉強する覚悟ができてからのほうがいいと思います。
いや,流されたり,言い訳したりしても,勉強だけは続ける覚悟です。
前に言ったことと一見矛盾するかもしれないですが,
要するに,それなりに大人になって,守るべきものがある状態から受けるには,それなりの覚悟が必要な試験だということです。
守るべきものがあると,言い訳には事欠かないだろうと思います。
そこに甘えずに勉強し続けるだけの覚悟ができないのなら,
予備校の講座に払うお金がもったいないです。
これは,司法試験でも司法書士試験でも同じだと思います。

すみません。なんだか意地悪なお返事になってしまいました。
でも,その悩みを乗り越えて次に進んだ方は,
たいていきちんと結果を出しています。
たくさん,そういう方を見てきましたので,あえてお伝えいたしました。

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mico
秘密コメントくださった方,ありがとうございます。
応援しています。頑張ってくださいね!
またのご報告をお待ちしております。

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息子が入学した大学には,高校までみたいに
父母連絡会というのがあり,さらに驚いたことに,
毎年,全国各地で「父母懇談会」というのが開催されている。

で。

親バカな私は,「大学生にもなって父母会か」と思う気持ちもありつつ,
昨日水戸で開催された,父母懇談会に出てしまいました(^^;
(そういえば司法試験受験生だったころ,ある大学で,
父母向けの司法試験説明会が開催されているのを見て,驚いたっけ。)


父母会の内容は,大学で今どういう取り組みがされているかとか,
近時の就職状況とかの説明や,茨城県出身の在学生や
OBによる就職活動の報告など。
子の成績表(取得単位表)が配られたりもする!

実は息子が入った大学は,私のロースクール母校なので,
興味本位もあって参加してみた,というのもあるんだけど。
参加してみたら,最近の大学や大学生,就職活動の実情など,
あまり知らなかったことがわかったりして,面白かった。


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【2014/07/06 22:34】 | 息子
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私の論理はシンプルです。

戦争はいや。

ただそれだけです。
一応,法律家なので,憲法解釈とか,
実際上の法律上の問題とかを,考えないわけではない。

だけど,それ以前に,私は,弁護士になるよりずっと前から,
ただただ,戦争はいやだと思い続けている。
理由もシンプルで,戦争は人殺しだから。

息子が1歳のとき,当時住んでいた自治体で,
特攻隊に所属していたけれども生還された方の講演を聞いたことがある。
講演された方が(前にも書いたかもしれないけど),お話を終えた後,
「戦争は人殺しです。ですから,私も人殺しです。
人殺しの話ですから,どうか拍手はしないでください」とおっしゃった。

集団的自衛権行使が日本において容認されたとして,
それがただちに,日本が戦争をすることとか,
徴兵制とかに結びつくわけではないでしょう。
でも,少なくとも着実に,その方向に進んでいることは否定できないと思う。


私は,絶対に,息子を戦地に送り出すことはできません。
自分の命に替えても,絶対に,いやです。
ただそれだけのことです。


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【2014/07/01 23:31】 | 生き方
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私も反対です。
宮崎のいいちこ
私も反対です。

私はあまり歴史に詳しくないから感覚的に述べさせてもらうと。
日本は第二次世界大戦で米国に敗戦し、米国から以後軍事力を持たないように命じられ、代わりに沖縄に米軍基地を置く事で守ってもらうことになったのでは?
こう考えると、沖縄はそのままにして、「助けてもらうから私も助ける」の理論は可笑しいと思います。「助けてもらうから私も助ける」の理論が生きるのは、相手と50:50の関係の時。沖縄がそのままであれば日本は米国との関係でマイナスの立場となります。戦後70年経ても未だ日本は敗戦国のままでマイナスを負い続けなければならないのでしょうか?集団的自衛権を認めるならば沖縄から米軍基地を撤退すべきです。

そんな事をしたら日本が守れない?
確かに日本は武力を持たず、米国も守ってくれなければそうなります。
しかし日本が集団的自衛権を行使し、一旦どこかの対戦国と認定されれば結果はどうなるのでしょう?日本の自衛隊のみの参戦で、米国が完全に守ってくれるのでしょうか?遠い東の米国の援護があったとしても、自衛隊のみで自国を守れるはずもなく、現サラリーマンや学生が急遽兵隊に駆り出され、国の秩序はそれこそ力が基準となって一昔前の男尊女卑の時代に逆戻りし、悲惨なことになるでしょう。現況の日本の在り様はどちらにせよ大変危険なのです。

では今、日本はどうあるべきなのか?
私は、日本国憲法は米国により押し付けられた憲法だから改憲するという事より、例え他国により作られたとしてもそれを良きとして日本人が70年も守り続けて来たことに真の価値があると感じます。他国に「日本は戦争を放棄した国」と認識してもらうのにどれだけの月日が必要だったのでしょう?しかしその信頼は一瞬にして壊されます。実際に日本が武力行使した時にアウトとなります。
先述のように、日本は米国から「軍事力を持たない」ようにされた事を、「自ら戦争を放棄する」に置き換えて実践し続けてきました。しかしこれは実に賢い先人の智恵と考えます。私は、本当は今こそ日本はアメリカ依存の状態から脱却し、独自で自国を守る体勢を整え、先人が貫いた「自ら戦争を放棄する」という姿勢を貫き通すことで「見えない平和のカーテン」となり、自国をも世界の平和をも守るべき時なのではないかと思います。独自で自国を守る体勢として徴兵制度が必要となるでしょう。しかしこれは武力でもあくまで自衛の為であり、中立国のスイスと同じです。確かに気分的には嫌ですが、こうすることで日本は戦後70年にしてやっと敗戦国から脱却出来、米国と対等な立場となって独自の平和も手にすることが出来るのではないでしょうか?

そんなことしたら米国に見捨てられてしまう~!
確かに米国にしたら面白くないでしょう。自分としては米国が好きなので思いたくはありませんが、経済的に暗黙の制裁をかけられるかもしれません。しかし今の日本経済にしてもあまりにも米国優位なのでは?TPPにしても然り、地方に住む私からすればまるで日本を経済的に鶏口ではなく牛後に陥れるかのように思えて仕方ありません。日本が日本であるために経済的な立場ももっと独立すべきなのでは?自動車にしても、いつまでも日本が優勢とは限りません。時期的に自動車に替わるものがいつ出てきても可笑しくないと考えます。

micoさんがこの記事をUPしてすぐコメントしたかったけど、何となくNHK会長発言等で躊躇われ、いつのまにか安倍総理がゴリ押しで法案を通していました。
昨日佐賀でのオスプレイの話があがり、再び思いが込み上げて来、長文ながら「どう思います?」の気持ちでコメントさせて頂きました。



mico
宮崎のいいちこさん,コメントありがとうございます。
ここを見ているみんなに,しっかり読んでもらいたいなと思います。

私は,不勉強ながら,日本国憲法は,
米国に押し付けられたものではないと思っています。
憲法前文に掲げられた崇高な理想は,
昭和の大戦で敗戦国となった日本国民の総意であり,
苦しみの中での決意であったと思います。

その苦しみと,決意と覚悟を,
あの戦争を経験としては知る由もない私たち世代が,
安易に否定することなどできるはずがありません。
いや,命のリレーをつなぐ者として,そんなことが許されるはずはないのです。

投稿頂いて,ありがとうございました。

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