茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
仕事柄,つらい話を聞くことが多い。
目の前で話しているその人が,泣きながらのことも多い。
もらい泣きというか,気持ちが共鳴して,泣きそうになることも多い。

けど,そういうときでも,私は絶対に泣かない,と決めている。
(まあ,もともと人前では泣かないことにしてるというのもあるけど。)

つらい話を聞いてくれるその人が泣いていたら,私だったら,
それ以上話をすることができなくなるから。
話を聞くことは,弁護士の大切な仕事だから。

一緒に泣いてくれることで,気持ちが救われることもあると思う。
でも,弁護士の役割はそれではないと思う。
受け留めて,その先を考えるのが仕事だから。

【2014/10/18 20:31】 | お仕事
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17歳のマララさんがノーベル平和賞というニュースを見たので。

今の日本では,男女関係なく,少なくとも義務教育を受けることができる。
それが「当たり前」だと,私の子ども世代は思っていると思う。
いや,私自身も,高校生になるころまで,そう思っていた。

教育を受ける機会について,男女差があるのかもと思ったのは,
入学した高校の1年生のときのクラスで,(選択科目の都合とはいえ)
女子が男子の半分くらいだったことがきっかけかなあ。
後付けかもしれないけど。
それ以前も,何となく親とかから聞こえる雰囲気で,
女には教育は必要ない
という社会的風潮は感じていたけどね。
(私の両親は,学歴は戦前から戦後にかけての義務教育のみ。)

たとえば母が「女が勉強なんかできても何にもならない」と言ったり,
(そのくせ母は,私が学校成績的に「優秀」であることを求めてもいたが)
父が「micoとT(兄)が逆だったらよかったのにな」と言ったり。
(でも兄は,学校成績は良くなかったけど,私にはとても真似できない才能があり,
社会人としては成功していると思うし,子どもの頃から尊敬している。)

日本でも,女性が教育を受けられるようになったのは,案外
最近のことなんだよね。女性は,圧倒的に社会的に差別されてきた歴史がある。

大学生のころ,自分が当たり前のように大学教育を受けられるのは,実は
先代の女性たちがたくさん闘ってきた歴史があるからなのだと知った。
(講義の空き時間とかに,時間潰しのつもりで図書館で読み漁った色んな本から。)

でも,就職活動をする頃(平成元年ころ),「なんだかんだ言っても,やっぱり
女性は差別されているんだな」とわかり,就職した後は,さらにそれを実感した。
教育が平等になっても,社会≒男性の意識が変わらない以上,結局,平等たりえない。
同時に,ある意味,女性の意識も変わらないと。

前にも書いたかもしれないけど,私は新卒で入った会社(財団)を,
入った年の年末にはすでに辞めようと決意しており,
人事担当者にその旨相談したときに,そういう(女性蔑視の)現状を訴えたことがある。
私は,ここではだめなんです,いやなんです,と。
(私が辞めた理由の一部でしかなかったけど。)
人事担当者は,
「あなたがここに残って(システムを)変えていくという道もありますよ」と言った。

私と同世代の女性の中には,企業の中で頑張ってこられて,先鞭をつけて下さった方も
たくさんおられるはずだから,申し訳ないような気もするけど,私は,
そこを闘う気持ちは,当時も今もあんまりない。

そういう現状を前提としつつ,その中で,「自分らしく」働きたいと思う。
その意味でも,弁護士という職業を選んだ。
働く女性の一人として,そうやって頑張っていく中で,少しずつ,
男性も女性も含めた社会全体が,変わっていくことを願う。
男性も女性も,人として,その個人が個性を活かして生きられるように。
男女は,対立する関係ではないはずだから。

女性だからというだけで「下」に見られ,バカにされたり,嫌な思いもたくさんしてきたけど,
女性だからということで(同じことを男性がしたら怒られたのだろうという場面で)
許されたことがあるのも事実(もちろん,弁護士になるより,はるか昔の話)。
それは裏を返せばバカにされていただけで,
それを自覚していたから悔しかったけれど,私はその場,それに甘えてしまったことがある。
それは男性から見たら,「女だからって甘えやがって」ということになるだろうし,
それをわかっていながら,権利ばかり主張することも許されないと思うから。



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【2014/10/10 22:40】 | 雑談
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mu
はじめまして。muと申します。
この度、68期司法修習生となることが内定し、小室先生にご相談したくコメントさせていただきました。
本日(10/18)研修所からの修習地決定の通知が届き、東京修習となることが決まりました。
つきましては、現住所は横浜なのですが、東京修習の場合は住所がどのあたりにすべきか、和光との距離も考えるべきか、そもそも引っ越しは必要か、など悩んでおります。なお、就職活動は東京都内でするつもりです。
過去記事を拝見して、小室先生は東京修習のようでしたので、よろしければ意見や体験についてお聞かせ願えませんでしょうか。
(いきなりな上、女性の教育を受ける権利と関係ない話題で申し訳ありません。。)


mico
muさん,コメントありがとうございます。
修習内定おめでとうございます。
東京修習なのですね。通勤時間次第だと思いますが,
霞が関まで通える範囲であれば,引越ししなくてもいいのではないでしょうか。
集合のときは,寮に入るとか,近場のマンスリーを借りるとかで
対応すればいいと思いますよ。
ちなみに私は当時,都内に住んでおり,実務修習も集合も,
自宅から通いました。和光への往復は正直,きつかったです。


mu
さっそくのお返事ありがとうございます。
そうですね、横浜の現住所は霞が関まで1時間程度で着きますので、まずは引っ越しはせずにやってみようかなと思います。貸与制で厳しいということもありますのでw
ちなみに、68期からはカリキュラムが少し変わって導入修習というのが新設され、全修習生がまず和光に召集されることになりました。導入修習は1カ月足らずで終わり、年明けから全国各地に飛びますが。。
なんにせよがんばります。ありがとうございました。


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少し前に,移動中に立ち寄ったローカルなスーパー
(ショッピングセンターかな。その地域では大きいところ。)で,
山口百恵のCDを買ったんだよね。なんか目について,聞きたくなって。

私が小学生のときのアイドルで,なんだろうな,
憧れるというか,かっこいいお姉さんというか,好きだった。
歌もシングルで発売されていたものは,歌詞を見ればほとんど全部歌える(笑)

まだ小学生だったから,歌詞の意味まであまり考えたことがなくてね。
で,車の中で,改めて聞いていたら,なんか楽しかった。
へえ…これってこんな歌だったのか。みたいな。

「赤い絆」は,こんなに尽くしていたのにあなたは手のひら返すのね,みたいな曲だし,
「絶体絶命」は,妻のいる男性を愛して,身を引く女の歌だったんだね。知らなかった。
「しなやかに歌って」は特に好きな曲だったけど,男に出て行かれた後の気持ちを
歌っていたんだねえ。あなたの帰り待ってるとか。ちょっとイメージ違ったな。

けど,「しなやか」って言葉は好き。
そう簡単に折れない強さとか,それでいて上品な美しさみたいなものを感じるから。

【2014/10/04 21:23】 | 生き方
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mico
秘密コメントくださった方,
「現在」を客観的に的確に認識するところから始まると思います。
もしかしたら,今が人生最悪かもしれないですし,
そうではないかもしれません。
いずれにしても,今ある状況をしっかりと受け留め,受け入れ,
一歩一歩進んでいくしかないと思います。
頑張ってください。頑張って,本気で,生きていくしかありません。

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