民裁即日起案と刑裁の飲み会
2010/06/24(Thu)
という一日だったよ。

刑裁修習でお世話になった部の裁判官が
1年間留学するので,その送別会に参加させてもらったの。

久しぶりに刑裁修習のときの裁判官室に入ったら,
既に懐かしいし(まだ半年ほどしかたっていないのに),
たまに帰ることを許されている場所のような気がして嬉しかった。

留学する裁判官の惜別の辞や,部長の話を聞いていて,
裁判官,検察官,弁護士のどれになるにしても同じ修習をすることの意義や,
法曹という職業に就いたら,日常的には同業者の視点に偏りがちになることの
危険性などを改めて認識したよ。

そういう意味で,司法試験の勉強を始めようと考える前の自分の人生も,
きっとこれからまた別の意味を持ってくるのかもしれないと思ったりする。

私は基本的には,人生におけるあらゆる経験が,
自分にとってプラスの意味を持っているもので,
だからこそ自分の経験として目の前に訪れるものだと思ってる。
乗り越えられない試練は自分の前には来ないわけで,
過去のつらかったことや,現在のちょっと大変だったりすることも,
必ずプラスの意味があるはずだから,意識的にそっちの面も見ようと思う。
この記事のURL | 司法修習 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
コメント
- 管理人のみ閲覧できます -
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010/06/25 01:02  | | #[ 編集] ▲ top
-  -
秘密コメント下さった方,コメントありがとうございます。
つらいことがあったときにも,誰かを励ましたり,
元気づけることができるということはすばらしいことだと思います。
たいへんなときなのに,私のことまで気遣って下さってありがとう。
そういうお気持ちを持っておられる方ですから,私は心配しません。

私も偉そうなことを書いてしまっていますが,
考えてもみなかったことが自分の身に降りかかったとき,
それのプラスの意味を即座に考えることなどできません。
いまだに引きずっている思いもあります。

でも,それはそれでいいと思っています。
もしかしたら,「正しい」ことではないのかもしれませんが,
今の自分しか,「自分」という存在ではありえないですしね。
ですから,中々現実を受け入れられずに落ち込んだり,
マイナスなことばかり考えてしまったりするときにも,
そういう自分を,せめて自分自身は,見放さずにいようと思っています。

混沌の中にいて,何も見えないときには,
その渦に身を任せるだけでもいいのだと思います。 
自分を否定せずにいて,前向きになれるときを待つことで,
道が開けていくのだろうと思うからです。
私も頑張ります。これからもよろしくお願いします。
2010/06/25 23:06  | URL | mico #-[ 編集] ▲ top
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://micko.blog29.fc2.com/tb.php/1550-c137e4f5

| メイン |