彼岸の中日
2010/09/23(Thu)
今日は秋分の日,つまり彼岸の中日だね。
彼岸だというのに,父のお墓参りもしなかった。

多くの人は,幼少時から祖父母以上の祖先のお墓参りとか
法事とかの経験があると思うのだけれど,私は,
そういう経験がほとんどないまま,大人になったんだ。

生まれた時にはすでに母方の祖父以外の「祖先」は亡くなっていたし,
母方の祖父も体調が優れないなどの事情もあって,
私が中学2年のときに亡くなるまで,ほとんど会ったこともない。

父も母も,出身は(何代前かわからないくらい昔から)茨城県で,
日帰りもできる距離なのだけど…。

私の実家は東京の下町で(父が19歳のときに上京し,そのまま東京に定着した)
私が3歳,父が36歳の時に小鳥屋さんを始めて,文字通り「年中無休」だったの。
(元日だけは最低半日は休んでいたけど)
「生き物商売だから」っていう言葉を両親の口からよく聞いたわ。

小鳥が商品なわけで,えさをやったり,水を取り換えたり,ふんの始末をしたり,
陽の光だって浴びせてやらないといけない。生きているんだもの。
つまり世話をしてやらないと商売にならないわけ。死んでしまうから。
で,どうせ毎日世話をするから,店も開けるわけ。
だから,泊まりがけで出かけることなんかできないし,日帰りであっても
一日,家(店)を放置することは,ほぼ不可能だったの。

前にも書いたかもしれないけど,そんなだったから,
友人らが連休とか夏休みとかで旅行に行った話なんかを,
自分の育った環境を客観的に理解する年齢になるまで,不思議な気持ちで聞いていた。

そんな仕事,好きでなければできないよね。
父が,無類の小鳥好きで始めた商売だった。

私も好きで,弁護士になる。
お墓参りにすら行けない私の現状も,父なら笑って許してくれるよね。

(すみません。父への言い訳記事です…)
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コメント
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気持ちはお父さんに伝わってると思うな。
micoさんがそうやってお父さんのことを思い出したり、
お墓参りにいきたかったと「想う」ことは、
「お墓参り」をすることと、同じだと私は思う。
修習がんばって。
2010/09/23 23:08  | URL | luna #-[ 編集] ▲ top
-  -
lunaさん,ありがとう。
そうだよね。
形だけ,年に何度かお墓の前で手を合わせるよりも,
毎日何度も心の中で語りかけたり,
想ったりすることのほうが大事だと思ったりする。
いつも優しい心遣いをありがとう。
2010/09/24 22:25  | URL | mico #-[ 編集] ▲ top
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