茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
今日は秋分の日,つまり彼岸の中日だね。
彼岸だというのに,父のお墓参りもしなかった。

多くの人は,幼少時から祖父母以上の祖先のお墓参りとか
法事とかの経験があると思うのだけれど,私は,
そういう経験がほとんどないまま,大人になったんだ。

生まれた時にはすでに母方の祖父以外の「祖先」は亡くなっていたし,
母方の祖父も体調が優れないなどの事情もあって,
私が中学2年のときに亡くなるまで,ほとんど会ったこともない。

父も母も,出身は(何代前かわからないくらい昔から)茨城県で,
日帰りもできる距離なのだけど…。

私の実家は東京の下町で(父が19歳のときに上京し,そのまま東京に定着した)
私が3歳,父が36歳の時に小鳥屋さんを始めて,文字通り「年中無休」だったの。
(元日だけは最低半日は休んでいたけど)
「生き物商売だから」っていう言葉を両親の口からよく聞いたわ。

小鳥が商品なわけで,えさをやったり,水を取り換えたり,ふんの始末をしたり,
陽の光だって浴びせてやらないといけない。生きているんだもの。
つまり世話をしてやらないと商売にならないわけ。死んでしまうから。
で,どうせ毎日世話をするから,店も開けるわけ。
だから,泊まりがけで出かけることなんかできないし,日帰りであっても
一日,家(店)を放置することは,ほぼ不可能だったの。

前にも書いたかもしれないけど,そんなだったから,
友人らが連休とか夏休みとかで旅行に行った話なんかを,
自分の育った環境を客観的に理解する年齢になるまで,不思議な気持ちで聞いていた。

そんな仕事,好きでなければできないよね。
父が,無類の小鳥好きで始めた商売だった。

私も好きで,弁護士になる。
お墓参りにすら行けない私の現状も,父なら笑って許してくれるよね。

(すみません。父への言い訳記事です…)
 コメント
この記事へのコメント
気持ちはお父さんに伝わってると思うな。
micoさんがそうやってお父さんのことを思い出したり、
お墓参りにいきたかったと「想う」ことは、
「お墓参り」をすることと、同じだと私は思う。
修習がんばって。
2010/09/23(木) 23:08 | URL | luna #-[ 編集]
lunaさん,ありがとう。
そうだよね。
形だけ,年に何度かお墓の前で手を合わせるよりも,
毎日何度も心の中で語りかけたり,
想ったりすることのほうが大事だと思ったりする。
いつも優しい心遣いをありがとう。
2010/09/24(金) 22:25 | URL | mico #-[ 編集]
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