茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
司法修習の最後にある「考試」、通称「二回試験」は
9割以上の修習生が合格する試験で、
「フツウ」にやっていれば落ちないと言われている。

司法修習生の多くは、「フツウ」にやっているはずなので、
ほとんどの人は落ちないはずだし、逆に言えば誰が落ちても
おかしくないとも言える。

だからこそ、落ちた人に対しては、
事故に遭ったようなものだから落ち込む必要はないとか、
同じ実力で受かってる人はたくさんいるのだから気にすることはないとか、
もっと危ないと思っていた人が受かってるのにとか、
更には、あなたが落ちるのは意外とか、
そういう言葉が投げかけられることが多い。

少なくとも私は、何度もそういう言葉をかけて頂いた。
もちろん、そのように言って頂けることは本当にありがたいし、
励まして頂けることに、心から感謝している。
(励まして頂いたみなさん、本当にありがとうございます。
生涯忘れません。すごく救いになりました。)

そして、実際に失敗した人の中には、ロースクールのときからの
友人等、よく知っている人もいるわけで、
「え!?なんでこの人が??」って思うことが多いのも事実だから、
本当にたまたま、今回は落ちてしまったという人も多いのだろうと思う。

それにたぶん、二回試験に関して言えば、
なんかよくわかんないけど落ちなくてよかった~
っていう人もまた、たくさんいるだろうと思う。
(私も今回合格点を取れた科目に関して、なんかわからないけど
大丈夫だったんだ…っていうのがあるから、全科目こんな感じで、
結果的に落ちなかった人も一定数いることでしょう。)

けど、そういうよくわからない要素が多い試験とはいえ、
少なくとも私に限って言えば、落ちるべくして落ちたのだと思う。
「フツウ」にやっていなかったということだと思う。
それを自覚しない限り、たまたま二回試験に受かっても私には意味がない。
この業界にいる人たちに言うところの「フツウ」の努力をすること。
司法修習中、それができていなかったということ。

司法試験には、たまたま受かったとは思っていない。
確かに、良い成績で合格したわけではなかったけど、
最終的には、自分なりにこうすれば受かるはずというレベルまでやっていて、
それに自信があったわけではないけれど、勉強した結果として合格したと思う。

せっかくまた二回試験を受ける機会に恵まれたのだから、
こうすれば二回試験には落ちないという、ある程度のものをつかんで受験しよう。
願わくばそれが、実務にも役立ちますように。



 コメント
この記事へのコメント
micoさん
ご無沙汰しております。二回試験「落ちるべくして落ちた」の言葉に、”はっと”しました。
私もやらなければと思いながら、頑張ったと言うほど勉強ができていないことに反省しています。

いつもmicoさんのブログで励まされています。
今度の試験では、自分の力を出し切ってくださいね。応援しています。
2011/02/10(木) 00:55 | URL | ciao3 #-[ 編集]
" 勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし " (野村克也元監督)

敗因の分析の難しい試験だと思います、やはり自分に足りなかったと思われる部分を一つ一つ消していくしかないのかも。

頑張ってください。
2011/02/10(木) 01:28 | URL | M. #befsDD6.[ 編集]
ciao3さん、ありがとうございます。
ほんと、やろうと思っていることをその通りにこなすことは困難ですね。
そもそもの理想に無理があるのか、単に自分が甘いのか等、色々考える毎日です。
お互い頑張りましょう!


M.さん、ありがとうございます。
野村監督のその言葉、好きです。
負けるのには必ず、負けるだけの理由があるんですよね。
正直、まだ見えない部分もありますが、地道に努力したいと思います。
2011/02/10(木) 23:13 | URL | mico #-[ 編集]
何かに対して「結果」を出さなければならない時に「たまたま」という意識ではダメだとは私も思います。それは言い訳に過ぎない。他人からの慰めの言葉であってもそれは自分自身に向けてはならない言葉だと思います。必然、受かるべくして受かる、落ちるべくして落ちる。そういう意識でないと仕事などでもうまくいかないのかもしれません。そういう意味ではそのような意識の持ちようは大変すばらしいと思います。

しなしながら実務で必要なのは恐らく、そのような思考ではないのだろうと思います。必然性を追求したり、何かを得よう、という思考は受験や紙の上でしか通用し得ないモノだろうと思うのです。試験は試験、と割り切って考えないとクライアントの満足は得られないと。

私の周りで弁護士に不満を持つ多くの方は試験勉強だけしてきた弁護士にそのように感じています。

無意味な会話や偶然、喜び、感謝、運命など個人の価値観や立場を寄り添うように考え、時間を共にする。そんなことを大切にする弁護士さんはネットなどでホームページを読んでも大切にしているらしい方は見かけません。それをどう仕事に直結させるかというマネジメントが今後の弁護士の活路であり未来像なのだと思います。

結局、このブログで仰っているような雑談に混じる温かい感情を、今のクライアントは求めていると思います。

それを意識しながら試験などはお受けになるのは難しいかも知れませんがモチベーションの方向はずれずに済むのではないでしょうか。
2011/02/11(金) 11:35 | URL | SSS #-[ 編集]
SSSさん、ありがとうございます。
そうですよね。あらゆる試験は所詮、机上の空論だと思います。
一方弁護士の仕事は、生身の人間と、
人として向き合わざるをえない仕事ですよね。
ただ、自分の努力だけでどうとでもできるはずの
ペーパー試験さえまともにできない人間が、
人の人生を左右するような仕事をすることは恐いと思います。
いくら頑張っても、努力しても、どうにもできないことが、
人生にはいくらでもあります。
そういう問題に直面している人と向き合う仕事をする以上、
自分の努力次第でどうにでもできることを、まずは、
せめてちゃんとできる人間でありたいです。
まだまだ色んな意味で、全然なのですが…(^^;
これからもよろしくお願いします。
2011/02/13(日) 21:41 | URL | mico #-[ 編集]
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