茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
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昭和9年生まれの有名人が立て続けに亡くなって、
どうしても父のことを思い出してしまうよ。
去年の1月に亡くなった父も、昭和9年生まれだからね。

父を思い出すといえば、やっぱり茨城弁を聞いたとき。
父は茨城県(現)鉾田市の農家の末っ子として生まれて、
義務教育後は(たぶん)家の仕事を手伝い
(ただフラフラしてただけかもしれない^^;)、
19歳のとき上京したのだけど、生涯、茨城弁が抜けなかった。

今、借りているテナントのオーナーさんも、元々茨城の方らしく、
ときどき茨城弁で娘さんと話す声が聞こえてくるんだよね。
年齢的にもおそらく父と変わらないし、父娘の茨城弁の会話は、
ちょっとした郷愁を誘うよ。


余談ながら、
父が上京したのは「歌手にでもなっぺと思ってよ」とのこと(笑)
結局、父は小鳥が大好きだったので小鳥屋になったわけだけど、
小鳥の世話をしながらいつも演歌を歌っていたな。
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