茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です

17歳のマララさんがノーベル平和賞というニュースを見たので。

今の日本では,男女関係なく,少なくとも義務教育を受けることができる。
それが「当たり前」だと,私の子ども世代は思っていると思う。
いや,私自身も,高校生になるころまで,そう思っていた。

教育を受ける機会について,男女差があるのかもと思ったのは,
入学した高校の1年生のときのクラスで,(選択科目の都合とはいえ)
女子が男子の半分くらいだったことがきっかけかなあ。
後付けかもしれないけど。
それ以前も,何となく親とかから聞こえる雰囲気で,
女には教育は必要ない
という社会的風潮は感じていたけどね。
(私の両親は,学歴は戦前から戦後にかけての義務教育のみ。)

たとえば母が「女が勉強なんかできても何にもならない」と言ったり,
(そのくせ母は,私が学校成績的に「優秀」であることを求めてもいたが)
父が「micoとT(兄)が逆だったらよかったのにな」と言ったり。
(でも兄は,学校成績は良くなかったけど,私にはとても真似できない才能があり,
社会人としては成功していると思うし,子どもの頃から尊敬している。)

日本でも,女性が教育を受けられるようになったのは,案外
最近のことなんだよね。女性は,圧倒的に社会的に差別されてきた歴史がある。

大学生のころ,自分が当たり前のように大学教育を受けられるのは,実は
先代の女性たちがたくさん闘ってきた歴史があるからなのだと知った。
(講義の空き時間とかに,時間潰しのつもりで図書館で読み漁った色んな本から。)

でも,就職活動をする頃(平成元年ころ),「なんだかんだ言っても,やっぱり
女性は差別されているんだな」とわかり,就職した後は,さらにそれを実感した。
教育が平等になっても,社会≒男性の意識が変わらない以上,結局,平等たりえない。
同時に,ある意味,女性の意識も変わらないと。

前にも書いたかもしれないけど,私は新卒で入った会社(財団)を,
入った年の年末にはすでに辞めようと決意しており,
人事担当者にその旨相談したときに,そういう(女性蔑視の)現状を訴えたことがある。
私は,ここではだめなんです,いやなんです,と。
(私が辞めた理由の一部でしかなかったけど。)
人事担当者は,
「あなたがここに残って(システムを)変えていくという道もありますよ」と言った。

私と同世代の女性の中には,企業の中で頑張ってこられて,先鞭をつけて下さった方も
たくさんおられるはずだから,申し訳ないような気もするけど,私は,
そこを闘う気持ちは,当時も今もあんまりない。

そういう現状を前提としつつ,その中で,「自分らしく」働きたいと思う。
その意味でも,弁護士という職業を選んだ。
働く女性の一人として,そうやって頑張っていく中で,少しずつ,
男性も女性も含めた社会全体が,変わっていくことを願う。
男性も女性も,人として,その個人が個性を活かして生きられるように。
男女は,対立する関係ではないはずだから。

女性だからというだけで「下」に見られ,バカにされたり,嫌な思いもたくさんしてきたけど,
女性だからということで(同じことを男性がしたら怒られたのだろうという場面で)
許されたことがあるのも事実(もちろん,弁護士になるより,はるか昔の話)。
それは裏を返せばバカにされていただけで,
それを自覚していたから悔しかったけれど,私はその場,それに甘えてしまったことがある。
それは男性から見たら,「女だからって甘えやがって」ということになるだろうし,
それをわかっていながら,権利ばかり主張することも許されないと思うから。

2014.10.10 / Top↑
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