茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です

今(も),刑事事件を複数受任している。
いずれも国選。いわゆる国選弁護人。

今日は,ある被告人の保釈請求書を起案し,
ある事件の被害者のお宅に示談に行き,
その事件の被告人と,ある警察署で接見し,
保釈請求書を裁判所(の時間外窓口)に出しに行き,
別のある被告人の情状証人の方のお宅に書類を届け,
その被告人と接見し,さらに別の被告人のある物を宅下げしたりもして,
刑事弁護人としての仕事で,一日が終わった。
日曜日なんだけど,日曜日にしかできない場合もあるわけで。
ある被害者の方が,「弁護士さんも大変だな」と温かいお言葉を下さって,
大いに恐縮した。

刑事事件で,被害者がいる事件の場合,示談(それ以前に,
身体を拘束されている被疑者・被告人は自分で謝罪に行けないから,
まずはかわりに謝罪の気持ちをお伝えすること)は,弁護人の
大事な仕事の一つだと思う。

もちろん,被疑者・被告人本人が,謝罪の気持ちに至っていない場合や,
被害者の方が,そのようなやりとりをするつもりはないという場合は,
そんなことはできないけど。
単純に有利な判決を得るための,形だけの謝罪や示談は意味がないから。

被疑者・被告人は,「犯罪」を行った人。
でも,そこに至るには,そこに至るまでの事情がある。
もちろん,被害者がいる場合に,被害者との関係では,どんな事情があろうが,
そんなことは被害者の立場からすればどうでもいいことだし,許せるはずはない。

…のが,原則だと思う。被疑者・被告人は,被害者の思いも,知る必要がある。
直接知ることができない場合,せめて,知りうる情報から想像しなければならない。
そうでなければ,真の謝罪は出ないし,反省もできないし,更生もありえないと思う。
まずは,被害者に思いを至らせることが最初。

そして,あらゆる被疑者・被告人は,人として,更生可能性があると私は信じている。
年齢なんか関係ない。少年事件ではよく「可塑性」があるから,と有利な情状として
述べられることがあるけれど,「可塑性」は,少年の特権ではない。

そりゃ,年齢が上がれば上がるほど,残された人生の時間は短くなるでしょう。
でも,人間,生きている限り,誰でも可塑性はあり,更生可能性がある。
残りの人生を,やり直せる可能性があるし,やり直す権利もあると思う。

それは,犯罪を行った人に限らないことでしょ。
法に触れることをしていない人だって,人生やり直したいときはあるでしょ?
私は,刑事弁護を仕事として引き受ける以上,目の前にいるその人と,
同じ「人」として向き合いたい。ただそれだけのこと。

それができないなら,最初から刑事弁護など引き受けるべきではないと思う。
もし仮に,どうしても,どう頑張っても,仕事としてというより私の生き方として
(この人の更生を信じることができないとかの理由により)この人の弁護はできない,
という人と出会ったら,申し訳ないけど,私はその人のその事件は辞任する。
そうでなければ,その被疑者・被告人にとっても,いい迷惑だから。
その人の更生の機会を奪うことにもなりかねず,
ひいては,社会の迷惑にもなるから。
(今のところ,そういう事件,人に遭ったことはない。)
2015.01.25 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://micko.blog29.fc2.com/tb.php/2157-eaf74216