茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
高校3年生の3学期(1986年1月)に,担任教師から,
「20年後の私」というタイトルで作文を書くという課題が出された。

いわゆる「進学校」(とはいえ当時の都立高校なんで…)の理系クラスにいながら,
演劇関係の学部がある大学(つまり文系)に行く,
と担任に宣言していた私には,正直,そのクラスは居心地が悪い部分があった。
(あ。でも,今も付き合いのある高校の友人たちは,そのクラスの友人たちです。)

何を書いたか,ちゃんとは覚えていないけど,
「今」の連続の中に20年後の私もいるだけ,
みたいな醒めたことを書いたことを覚えている。
理系クラスの落ちこぼれだったので,斜に構えたい気持ちもあって。
そして,当時の手書きの日記には,

だって,ホントに私はいつだって「今」を精一杯生きることくらいしかできないもの。
ただ,その「今」ってのは断片的なものじゃないんだ。
常に,明日に続いている「今」なんだよね。

なんて書いてある。

20年後どころか,30年が過ぎた「今」。
やっぱり私は30年前と同じように,「今」を精一杯生きようと思っているし,
その連続の先に,20年後(68歳!)の自分もいると思っている。

年をとった分,経験値は増えても,人間,根本的な考え方とか生きる姿勢は,
18歳ころから変わらないものだね。って前にも書いたかもしれないけど。
もちろん,それに固執する気はないし,修正すべきは修正して生きてきたつもりだし,
今後も修正すべきは修正して生きていく,わけだけれど。

「あのころは若かったから」とか言って,今の自分を言い訳したくない。
「まだまだ経験が足りないから」とか言って,未来の自分に言い訳したくもない。
能力不足はわかってる。それにちゃんと向き合って努力したい。

20年後も,このブログを書いているだろうか。
すでに10年以上書いているのだから,きっと書いていることだろう。
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