茨城県牛久市の弁護士小室光子の記録です
昔,(アマチュア)芝居やバンドをやっていた頃,
ステージにビニールテープで「立ち位置」を記した。
袖から出てきて,自分はここに立って演じます,という位置。

そのステージでは,その立ち位置に立てば大丈夫,
という安心感みたいなものがあったような。
後は,その場に立った自分が,何とかするだろう,みたいな。


法科大学院に入って,勉強や,クラスメイトとの時間が
当たり前になって,毎日すごく楽しい。
けどそんな中で,ふと自分の「立ち位置」が不安になることがある。
ここにいる自分は,これでいいのかな,みたいな。

まあ,いつでもどこでも,私は私でしかないわけで,
誰にいいわけする必要もないし,何にとらわれることもない。
こうして「在る」ことに,感謝しつつ。

なんてことを思うのは,師走だからさっ。
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この記事へのコメント
NoTitle
どこにいったっていいじゃないですか。
micoさんはmicoさんなんだから
自分の好きなことを続けてください。
応援してますよ。
最後に僕の好きな詩を贈ります。
何回も書いてるけど(笑


  告別

                  一九二五、一〇、二五、

   

   おまへのバスの三連音が

   どんなぐあいに鳴ってゐたかを

   おそらくおまへはわかってゐまい

   その純朴さ希みに充ちたたのしさは

   ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた

   もしもおまへがそれらの音の特性や

   立派な無数の順列を

   はっきり知って自由にいつでも使へるならば

   おまへは辛くてそしてかゞやく天の仕事もするだらう

   泰西著名の楽人たちが

   幼齢 弦や鍵器をとって

   すでに一家をなしたがやうに

   おまへはそのころ

   この国にある皮革の鼓器と

   竹でつくった管(くわん)とをとった

   けれどもいまごろちゃうどおまへの年ごろで

   おまへの素質と力をもってゐるものは

   町と村との一万人のなかになら

   おそらく五人はあるだらう

   それらのひとのどの人もまたどのひとも

   五年のあひだにそれを大低無くすのだ

   生活のためにけづられたり

   自分でそれをなくすのだ

   すべての才や力や材といふものは

   ひとにとゞまるものでない

   ひとさへひとにとゞまらぬ

   云はなかったが、

   おれは四月はもう学校に居ないのだ

   恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう

   そのあとでおまへのいまのちからがにぶり

   きれいな音の正しい調子とその明るさを失って

   ふたたび回復できないならば

   おれはおまへをもう見ない

   なぜならおれは

   すこしぐらゐの仕事ができて

   そいつに腰をかけてるやうな

   そんな多数をいちばんいやにおもふのだ

   もしもおまへが

   よくきいてくれ

   ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき

   おまへに無数の影と光の像があらはれる

   おまへはそれを音にするのだ

   みんなが町で暮したり

   一日あそんでゐるときに

   おまへはひとりであの石原の草を刈る

   そのさびしさでおまへは音をつくるのだ

   多くの侮辱や窮乏の

   それらを噛んで歌ふのだ

   もしも楽器がなかったら

   いゝかおまへはおれの弟子なのだ

   ちからのかぎり

   そらいっぱいの

   光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ

 

2007/12/03(月) 23:25 | URL | 77 #-[ 編集]
NoTitle
77さん,どうもありがとう。
ほんと,素敵な詩だね。
私は,私の道を,「必死」に生きていくよ。
77さんも,元気でね。たまには近況報告してね。
2007/12/04(火) 21:53 | URL | mico #-[ 編集]
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