誰でも良かった?
2008/11/11(Tue)
千葉で,父親に仕事のことで怒られた19歳の少年が,軽トラで,
たまたまそこを歩いていた人に故意にぶつかって殺したね。

こういう事件のとき,よく「誰でも良かった」って言うけど,
それは,誰でも良いのではなくて,誰であろうと良くないんだよね。
良くないというのは,法的にとか倫理的にとかはもちろんだけど,
その本人にとっても,誰であろうと満足しないでしょ,ってこと。

例えば,すごく寂しかったりして,
「誰でも良いから今そばにいてほしい」って思うことは,
割と誰にでもあることでしょ。

でも,具体的な(見ず知らずの)誰かが,
そのときに実際そこにいたとして,
「ああ,この人がいてくれてよかった」って思うかな。
私だったら,こんな(知らない)人といるくらいなら,1人のほうがよかった,
って思うような気がする。

誰でも良いと思って誰かを殺して,
後からその人の,これまでの人生や,とりまく環境などを知って,
それでも「この人を殺してよかった」って思うのか。
その人を殺して,何か満足したのか。
誰でも良かった,というのは,そういうことの筈だよね。

・・・もっとも,そんなことに思い至るくらいなら,
無差別に殺人なんかしないか。


それからね,こういうふうに,親に対する不満を,
外にぶつける人がいるじゃない。

そういうのを見ると,私も「親」として思う。
せめて,自分の親を対象にしろよ,って。

もちろん,それ自体だって,十分ひどいし,悲しいことだけれど,
まだ,ほんの一縷,「仕方なかったか」と言い得る余地はある。
親にとっては(私は),自分に対する不満のはけ口として,
人様に危害を加えるようなことは許せないし,耐えられないことだから。
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コメント
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なるほどね。
誰であろうと満足しないってところと、
親を対象にしろってところ、すごい納得してしまった。

昔の尊属殺なんてのは、
代わりに他人を無差別殺人なんてことは想定してないんだよね。
あーあ。
2008/11/12 00:58  | URL | mame #B7IDXB7Q[ 編集] ▲ top
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mameち,ありがとう。
尊属殺・・・今や,あったねえ,という存在だね。
中学3年生のとき,社会科の先生が
「親を殺すと,他の人を殺した場合より罪が重いんだ」
って授業中に教えて(?)くれたんだ。
なんでそんな話をしたのかは忘れたけど,
普段はあまり授業を聞いていなかった私も,そのこと
(と,「公共の福祉」の話w)だけは覚えてる。
20年近く経ってから「尊属殺」っていうのを知って,
ああ,あの先生が言ってたのはこれか!!って。
2008/11/12 23:24  | URL | mico #-[ 編集] ▲ top
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